嘘っ、あたしのパン凄すぎっ!? 初期村のパン屋さんは、滅亡のプロローグを生き抜くために今日も村人をこっそり強化します

ふつうのにーちゃん

・プロローグ 傷だらけのハッピーエンド

 世界は救われた。

 悪しき魔王は討たれ、闇に閉ざされた世界に再び希望の灯火が掲げられた。


 だがこの英雄伝説は、最後は悲劇として締めくくられている。

 確かに世界は救われた。

 勇者と仲間たちは果てしなき旅をついに終え、それぞれが己が故郷へと帰っていった。


 勇者もまた故郷に戻った。

 山奥の彼方にある小さな平野、花々が咲き誇る美しい村アッシュヒルに。


 けれどもその故郷には、かつての姿はもうない。

 村自慢の大風車から家々まで、全てが白と黒の灰燼に帰し、虚しい風音だけが勇者の耳元に届いていた。


 おぞましい人骨の周囲には豊かな草木が生い茂り、村外れの思い出の花畑だけが、当時そのままの姿で残っていた。


 ふいに、勇者の体がふらりと危うく揺れた。

 とっさに突き出された右手は虚空を掴み、勇者は花畑に背中から叩き付けられていた。


 痛みはなかった。

 あるのは視界いっぱいに広がる青空と、ゆるやかに流れてゆく白雲と、懐かしい故郷の香りだけだった。


 世界――あるいは復讐のために。


 己が命の全てを燃やし尽くした勇者は、静かにその重いまぶたを閉じて、もう取り返すことのできない遠い思い出を、鮮やかに巡る走馬灯の中に見つけた。


「帰りたい……。あの頃に……」


 大切な人との思い出の残るヒナギクの花畑で、勇者はその短い生涯の幕を閉じた。


 帰りたい。

 あの頃に帰りたい。

 帰ってやり直したい。


 悲しみと共に勇者は息を引き取った。


 世界は救われた。

 だが、世界を救った勇者が報われることはなかった。


 勇者は最期に願った。


 『帰りたい。みんながいた、あの頃のアッシュヒルに……』と。


 そう願い、この悲しい物語は死者たちの沈黙と共に幕を閉じた。

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