第12話 王立魔法学園生活、はじまる!(7)
マリエラが悲惨エンディングを回避するためにできることとして、ソフィーのルート選択の他に、ヴァンの死亡を阻止することがある。ヴァンさえ生きていれば、国が荒廃したりする《敗北》ENDは防げるだろうからだ。
そもそもヴァンを毒殺するのはかなり難しいと思われるのだが、ゲームではさらっとヴァンの死亡が報告される。ゲームバランスを考えての結末なのだろうが腑に落ちない。しかし敗北ENDでヴァンが死ぬことは決定事項。
だから彼に、毒を探知できる魔法道具を身につけさせようと思ったのである。やらないよりマシなのだ。マガク部では魔法道具を作るのも自由だし、顧問の監視下のもと、試作用の毒を作ることも可能だろう。
今日も今日とてマリエラは魔法構築設計図を考え、マガク部の部室で温かいお茶を飲んでいた。お茶は頼まなくてもリドが淹れてくれるのである。
ソフィーは二年や三年の先輩方の実験に混じり、見学している。座学の必修科目が多い彼女は実験の様子が面白いらしく、時折メモを取ったり質問したりしながらマガク部を楽しんでいた。一緒に入って良かったと思う。
「マリエラ様! 僕ね、今日小テストで満点だったんですよ」
「すごいですね」
「だからその……撫でてくださいませんか?」
リドにキラキラした瞳で見つめられ、マリエラは頷くしかなかった。嬉しそうに頭を差し出してくるので、よしよしと撫でる。
「えーと。リド先輩、頑張りましたね」
これでいいのだろうか。「ありがとうございます!」と返ってきた満面の笑みを見るに良かったらしい。
「あああ私もマリエラ様に褒めてもらいたい!!」
ソフィーが吠え、先輩方がクスクスと笑った。いつも褒めていると思うのだけれど、と彼女をジットリ見つめると、「ナデナデとか特別に褒めてほしいんです!」と言う。
「じゃあ後期課程の期末試験、A評価かS評価を半分以上取れたらいいですわ」
「はっ半分……!? じゃ、じゃあじゃあ、もし取れたら大浴場で洗いっこしましょうね!」
ソフィーのお願いに、男子生徒諸君は飲み物を吹いたり噎せ返って咳をしたりした。
「う、兎ちゃん? そーいう会話は女の子たちだけのときにやってね? 色々想像しちゃうから!」
近くにいるリドも顔を赤くしていた。マリエラと目が合うとサッと逸らす。何を想像しているんだ。
「うふふ。約束ですからね、マリエラ様」
「まだいいって言ってないのに……」
言っても聞かないだろうなと、マリエラはハイハイと頷いた。座学が多いなか、ソフィーにとっては難易度が高いはずだ。これでやる気になってくれたら良い。
……そもそも何故、洗いっこがご褒美になるのだろう。
「二人が入部してから明るさが増したよね~」
マガク部の部室に和気藹々とした空気が漂っていた。そこにするりと、底冷えするような風が一筋流れる。
「マリエラ嬢?」
冷徹な声に、背中へ氷が当てられたようだった。
そんなはずはないのに、部室の閉じられた扉の横にヴァンがいた。壁に寄りかかり、マリエラを見下ろすように首を傾げている。
何故か怒られているような気がする。
「エッ、うわ、ヴァン・ルーヴィック!?」
「どーも。ヴァン・ルーヴィックです」
先輩の叫びに、揶揄じみた声音でヴァンは会釈した。皆が固まっているなか、コツコツと靴音を響かせてマリエラの傍に立つ。
「楽しそーだね」
「ええ、まあね。ところであなた、いつから其所にいたの」
「ちょっと前からいたけど。気付かなかった?」
あは、と微笑むヴァンの瞳には愉悦の色があった。
マリエラは部活の面々を見渡した。しかしそろって首を振っているので、誰一人として気が付かなかったようだ。
「隠密系魔法してたでしょ!」
「えー? そうだとしてもさぁ、この状況で気付かないのも問題だよね?」
「ヴァン様の魔法を解けるワケないでしょーが! ってゆか何の用です?」
「あー……なんだっけ? まぁいいや、ちょっと来て」
ヴァンに右手首を掴まれ引っ張られたので、仕方なしについていく。「ちょっと出てきます」と言うと、オースティンに「ごゆっくり~」と手を振られた。彼のニヤニヤ顔はなんだかイラっとくるものがある。
ヴァンは早足で、マリエラは半ば駆けるような足取りだった。廊下をしばらく移動すると、ヴァンは突然右手側にある部屋に入り、バタンと扉を閉じた。中はベッドが四台置ける程度の小さな部屋で、白いアイアンベンチと窓がある。窓の外には花畑が見えるが、学園内でこんな場所は見たことがない。
「窓の外は学園じゃないところに繋がってるから出ない方がいいよ」
「なんですかここ」
「学園の東棟の奥側はさ、異空間に通じる部屋とか、トラップが仕掛けられた部屋とか、色んな怪しいものが跋扈してるから、下手に入らない方がいいよ。『妖精の悪戯』は学園中に出現するけどね」
「妖精の悪戯っていうと、突然見知らぬ扉が現れるっていうアレですか?」
「そうそう。ホントに妖精が悪戯してたりするんだけどね。――それでさぁ」
ベンチに座るよううながされ、マリエラは素直に座る。その途端ガチンと鋼鉄の音を響かせ、ベルトを締めるように薄い鉄の棒が腹に巻き付き、ベンチに縛り付けられた。手足の自由はきくものの、胴体がベンチに固定されているので身動きが取れない。
「なっ、なに、これ!」
「一見なんでもなさそうでしょ? こういうトラップが仕掛けられてるんだよね~気をつけてね」
「分かってて座らせたの!? 解除して!」
「解除方法はあるんだけどね、その前にさぁ。マリエラ嬢、部活に入ったと思ったら年上の下僕なんて作っちゃってさ、楽しんでるじゃん」
「下僕なんて作ってませんけど!?」
「リドっていう先輩、いーい顔で懐いてたね女王様」
マリエラをこんな目に遭わせておきながら、クスリと笑いつつ悠々としているヴァンを見上げる。単純に腹が立つ。いつかこの男が心底焦ったり苦悩に満ちているところを見てみたい。
「もしかして、ヴァン様も私に褒められたいの? いい子いい子されたいの?」
マリエラは煽るように言ってみた。即座に『違う』という反応が返ってくると思っていたのに、ヴァンは無言である。
「え……まじなの……?」
ヴァンは無表情のまま身を屈めてきて、マリエラの耳元で囁いた。
「もしそうだったら、ご褒美で一緒にお風呂入ってくれるわけ?」
「バッッッッッッッカじゃない!?」
「あはははは! ごめんね、俺マリエラ嬢の裸もう見ちゃってるからさぁ、ただ一緒に入るだけじゃご褒美になんないや」
「腹立つ! ほんと腹立つ! あんたにキャアキャア言ってる乙女たちに本性言いふらしたいぐらいだわ!」
「モテててごめんねぇ。そうそう、このベンチの解除方法は、性的快感を得ること、だよ」
「は?」
この男、からかうのもいい加減にしろ――と睨み上げれば、「これは嘘じゃないよ」と言う。まさか本当なのか? そういえばこの学園は元々エロゲの舞台である。草加部籐子がプレイしていないルートで、この部屋のイベントがあったのかもしれない。
(普通に考えればあり得ないのに、この世界だと一概に否定できない!)
「ねぇねぇどうする? 一人でなんとかできる? それとも俺が手伝ってあげようか?」
ヴァンはマリエラの前にしゃがみこみ、両手で頬杖をつきながらこちらを見上げてきた。完全に面白がっている様子に、マリエラはぷちんときた。
「〝開け、古の扉。十章と六部の文節、うららかな春のもとに雪は融け、満ちた泉の底に鍵はあるだろう〟――〝崩れよ〟」
マリエラ、本気の詠唱である。体を縛り付けていた拘束具が微塵になって崩れ落ちた。
カッ、と踵を鳴らして立ち上がり、ヴァンを睨めつける。
「サイッテー」
え、と口を開けたままこちらを見上げるヴァンから顔をそむけ、扉を開けて廊下へ出た。後ろからヴァンが追いついてきたが無視である。
「ね、冗談だよ。マリエラ嬢がどう答えるのかどう反撃にでるのか見たかっただけ」
悪趣味が過ぎる。
「あんな拘束、ベンチまるごと崩せるし」
なら最初からすればいいのだ。
「ねぇ、マリエラ嬢」
マリエラはちらりと横目でヴァンを見た。ここにきても涼しい顔をしている彼に苛立ちは増し、つい舌打ちが出た。令嬢にあるまじき態度である。そのままマガク部の部屋に入り、彼の鼻先でバタンと扉を閉めてやった。フーッと息を吐いて両手で扉を押さえ、一時的に開けられないよう封じの魔法を唱える。ヴァン相手にはおまじない程度にもならないが、拒絶の意思表示をしたいだけである。
「えーと? おかえりマリエラ様。な、何があったのかな?」
マリエラの鬼気迫る様子を見て、宥めるようにオースティンが言った。
「今度からヴァン様がいらっしゃっても、問答無用で追い出して大丈夫ですわよ。あんなク……無礼な人、関わらない方がよろしいです」
「クソ野郎とかクズとかそういう言葉が出るかと思った~。うんうん、怒り心頭なことがあったんだね、触らぬ神に祟りなし!」
こういうとき、オースティンはさっと引いてくれるので付き合いやすい。
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