第11話 王立魔法学園生活、はじまる!(6)

 入学してから半年、空高く五穀実る七ノ月になった。暑い時期も過ぎ、一年で過ごしやすい気温の季節だ。制服はシャツにベスト、もしくはカーディガンを羽織るだけである。

 授業も後期課程に入った。ソフィーは相変わらず必修科目が多いが、前期課程ほどあたふたしていないし、座学の授業にも徐々についていけている。少しゆとりができたのだ。

 マリエラはそろそろどこかの部活に入部しようと考えていた。ゆるくて時間の都合がついて、せっかくならアカデミーの恩恵を受けられるところがいい。


 就寝前、ベッドに寝転びながら読んでいた本をパタンと閉じ、向こうのベッドを見る。ソフィーは授業で作ったピンクの魔法石を、ベッドのカーテンレールに吊り下げているところだった。光を通すとキラキラ輝いて綺麗なのである。マリエラのベッドには藤色のものが吊ってある。


「ねぇソフィーさん。私ね、魔法科学実験部に入ろうかと思うの」

「マリエラ様が入るなら私も入りたいです!」

「あの、いいんだけど……部屋もクラスも一緒で部活も一緒なの、嫌じゃない?」

「ハッ! そうですよね、マリエラ様のことを考えていませんでした、すみません」

「私はいいのよ、その、ソフィーさんといると明るくて楽しいし、私も頑張らなきゃって刺激されるし」


 絶対にHAPPYルートにもっていく、と毎日決意しているし――


「私はマリエラ様といたいです! それに、魔法科学実験というのも興味がないことはないです。私に足りない部分の気がします」

「うん、素直ね」


 ソフィーはマリエラに懐いている。自他共に認めるくらい、懐かれている。

 最初のオリエンテーリングで助けたり、食堂でかばったり、そして小さなことでちょこちょこと助けているからか、好感度アップのポイントがマリエラに加算されているように思えてならない。


「えーと、じゃあ明日見学に行ってみましょ」

「はい!」


 おやすみなさい、とベッドのカーテンを引けば、マリエラのプライベートな空間になる。

 ソフィーを前にするとつい頬が緩む。ヒロインとはどんなものかと思っていたが、本当に毒気がなく、ひたむきで可愛い存在だった。それぞれメリバENDを持っているくらい闇を抱える攻略キャラたちを、光の方向へ導けるわけである。

 ソフィーのゲーム進行は悪くないと思う。たぶん、まだBADポイントは貯めていない。と言っても一年次は共通ルートとスキル上げがメインである。攻略キャラ全員と顔見知りにはなったようだが、まだ誰にも興味は持っていないようだ。なにより目の前の勉強で精一杯の模様。

 ソフィーが誰を選ぶのか、まだ分からない。




 翌日、マリエラとソフィーは東棟のとある一室の前にいた。黒く大きな扉に銀の鋲が等間隔に打ち付けられ、『抱け、夢を。見よ、野望を』と書いてある。魔法科学実験部の部屋のはずなのだが、の扉を叩くのにいささか躊躇する。

「と、とりあえず入ってみましょうか」

 コンコンとノックしたあと、おそるおそる扉を開けた。中は案外普通だった。半分は図書室で、半分は実験室のような雰囲気である。


「すみませーん、見学可能ですか?」

「あ、女王様じゃん」

 聞き覚えのある声に嫌な予感がして中に入る。オースティン・ギャランと、知らない生徒が二人いた。

「兎ちゃんもいる。こんにちは。ようこそマガク部へ!」

「こ、こんにちは」

 ソフィーは借りてきた猫のように大人しくなった。オースティンが苦手らしい。


「まさかオースティン様がいらっしゃるとは……。その、なんです? 女王様ってのは」

「えっとぉ、マリエラ様知らないの? 裏で女王様って呼ばれてること」

「は・つ・み・み・です!」

「ウワ、失敗した。あれだよ、入学してちょっと経ったころにさ、食堂でされた嫌がらせにやり返したでしょ? あのときのドSちっくなマリエラ嬢にドキドキしたシンパが結構いてね、また人を蔑んだ顔が似合うものだから、女王様って言われだしたの」


 特に悪いことはしていないし、あれ以外は大人しく生活しているのに、どうしてこんなことになっているのだろう。


「あのときのマリエラ様かっこよかったですもんねー」

 ソフィーが言うと、オースティンの後ろにいる双子らしい生徒二人が首肯する。

「ここにもそういうシンパが一人いるし。なぁリド」

「おっ、オースティン! 莫迦! ご本人の前で言うな!」

 リドと呼ばれた双子の片割れが慌ててオースティンの頭をポカンと殴った。そしておそるおそるマリエラを見てくる。


「あっ……あなたも、私に踏まれたいとか、いつかは主従逆転して私を調教してやりたいとかそういう願望が……?」

 マリエラは自分の顔が引き攣っているのを自覚していた。

「マリエラ様を調教したいだなんてまさか! それを言ったあいつはクソです! ぼっ、僕はっ、蔑んだ目で叱責されて、たまに褒めて頭を撫でて欲しいだけですッ!」

「あっ、そうなの……」

 調教の方ではなくてまだ少しほっとした。リドは赤かった顔を青くしてオースティンに掴みかかる。


「この莫迦野郎! マリエラ様にドン引かれたじゃないか!」

「リドさん、ドン引いてまではいないわ。罵倒することはできないけど、まぁその、何かいいことがあったら頭を撫でることぐらいならできるわ」

「ほんとうですか!?」

 マリエラがついそう言ったのは、オースティンに暴露されたリドが不憫に思ったことと、頭を撫でるぐらいで喜んでくれるのならばと思ったからである。リドの勢いに押されつつ、ええ、と頷いた。


「ほらー、オレが言った甲斐あっただろ」

「オースティン様は反省したほうがよろしいわ」

 ソフィーがうんうんと何度も頷いている。オースティンは「兎ちゃんにそんな顔で睨まれると堪えるな」と頭をぽりぽりかいて謝罪した。やはりヒロインには弱い。

「さっきは兄弟がすみませんでした。僕はエド、リドの双子の弟で二年生です。マリエラ様とお友達は、マガク部に興味が?」


 エドとリドの顔はよく似ていた。切れ長の目は細く、笑うと人なつっこい印象を受けるのに、すまし顔でいると近寄りがたい雰囲気がある。エドの髪は青く、リドの髪は赤い。


「そうです。入部を考えて見学にきたのですが」

「こんな状況じゃ躊躇っちゃいますかね? でも活動内容はちゃんとしていますよ。ここにある機材を使って何を実験してもオッケーですし、先輩や先生の指導も受けられます。参加も自由なので、他部と兼部している人も多いですね。今は総勢十五名ほどだったかな。植物園の一角にマガク部のスペースがあるので、そこで薬草の栽培もしています。歴代の先輩達がおいていった参考書や教材も揃っていて、図書館が混んでるときはここでレポートなど書いている人もいます」

「へぇ。いいですね」

「そうでしょう。勝手な人たちな集まりなので勝手にやっていいんです。入部します?」

「よろしくお願いします」

「わっ私もお願いします!」


 エドが用意してくれた入部届にサインして、マリエラとソフィーの入部がすんなり決まった。

「よろしくねー、マリエラ様、兎ちゃん」

 オースティンには申し訳ないが、一番近寄りたくなかった攻略対象キャラと同じ部活になってしまった。籐子のトラウマは重い。

「やっぱこの部、すげぇお得だよなぁ。アカデミーのお金で好きに実験に開発できるんだぜ。商売になりすぎる」


 オースティンがこの部を選んだのは納得がいく。BADエンドでのギャラン商会はヤバい薬を開発し、マリエラはそれを日常的に盛られて洗脳されていくのだ。もしやその薬を、このマガク部で研究していた可能性だってある。


「オースティン様は何を開発したいのですか?」

「人のため世のためになるような薬」

(なんだかグレーじゃあん……)

 日頃の態度が悪いのか、ソフィーまでも疑わしい顔つきで彼を見た。

「マリエラ様は何かしたいことがあるの?」

「ええ、魔法道具を作りたいのです。まず、毒を探知するものを」

 マリエラ以外の全員が「毒!?」と声を揃えた。 



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