第52話 緊張の時間




 あのデートがあってから、さらに距離が縮まった気がする。

 ホテルから帰ってきた俺を、両親は微妙な表情で出迎えた。心配していたらしく、俺がちゃんと響也の誠実さを伝えておいた。


 最初は少し疑っていたけど、まっすぐ目を見て言えば信じてくれた。

 ここまでする必要はないのではと思われるかもしれないが、響也について誤解されたくなかった。これから、2人とも長い付き合いになるのだから。



 今日は、部活で大会に出ている。これに勝てば、県大会へと進める大事な試合だった。

 個人で出場している俺は、まだ自分の番になっていないのだが焦っていた。

 辺りを見回しては、待っている顔が見えなくて落ち込む。


「市居。平気か?」


「……桜田先輩」


 いつもと様子の違う俺に、桜田先輩が話しかけてくる。俺はとりつくろえずに、苦笑いをする。


「大丈夫だって、言いたいんですけど……ちょっと……」


「彼が、まだ来ていないからか?」


 その通りだ。俺が落ち着けない理由は、今日は応援をしにくると言っていた響也の姿が、まだ見えていないせいだった。

 もう来てもいいはずなのに。そう思っていたら連絡があった。


『ごめん。電車がとまって遅れるかも』


 普段よりも短い文章に、向こうも焦っている様子が伝わってきた。気にするなと返信したけど、ずっとソワソワしている。


 間に合うだろうか。響也に見てもらいたかった。大会を見るのは初めてだろうから、俺がどういうふうに戦っているのか知って欲しかった。


 こんなことで気持ちを揺るがすなんて、メンタルが弱すぎる。

 でも来ると思っていた相手がいないと、ぽっかりと胸に穴があいたような気分になった。


 もうすぐ、俺の番が来てしまう。

 集中しなくてはと思うのに、心が乱れた。


「市居、彼は必ず来る。だから信じて待つんだ」


 俺が上手く精神統一できていないのを見かねて、桜田先輩が励ましてくれた。でも上手く言葉が飲み込めなかった。

 何を言われても、いないという事実を突きつけられているみたいで、逆に集中力を失う結果となった。




 響也が姿を現さないまま、俺の番が来てしまった。

 弓を持つ手が震える。いつも練習しているはずの的との距離が、今はとても遠くに見えた。

 こんなの当たるはずがない。無理だ。どんどん視界が暗くなっていく。ちゃんと立てているのか、それすらも分からなくなった。


 駄目だ。このまま倒れる。何も音が聞こえなくなって、俺は棄権を覚悟した。


「世名ちゃん!」


 その声に、一気に視界が開けた。

 声のした方を見れば、そこには響也がいた。スタッフに注意されながら、俺に手を振っている。


「……遅いんだよ、馬鹿」


 俺は一気に自分を取り戻した。震えがおさまり、深呼吸を繰り返す。


 もう、大丈夫だ。

 俺は的に向かって、強く弓をひく。






「お疲れ様。世名ちゃん」


「おう」


「凄かった。もうビュンって。それでズバンって。俺、見ていて呼吸が止まるかと思った。もしかしたら止まってたかも」


「そんな大げさな」


 響也のおかげで、俺は優勝することが出来た。

 来たと分かっただけなのに、俺は調子を取り戻した。そこからは、ここ最近の中で一番と言うぐらい上手くいった。


 視界に入る響也の輝いた目が、くすぐったくはあったけど、まったく邪魔じゃなかった。むしろ力になった。


 表彰が終わり、顧問の先生が今日は反省会をしないと言ったので、響也と一緒に帰ることにした。

 事情を知っている桜田先輩が後押ししてくれたので、感謝してもしきれない。俺が落ち込んでいた時も励ましてくれた。後でお礼をしなければ。


 帰っている間もずっと、響也は興奮しながら俺のことを話す。褒めてくれるのは嬉しいが、さすがに褒めすぎだ。


「今日は、来るのが遅くなってごめんね」


「別に響也のせいじゃないだろ。電車、大丈夫だったのか?」


「うん。動物に当たったみたい。怪我人とかはいなかったよ」


「そうか。響也に何事もなくて良かった」


「でもギリギリ間に合って良かった。世名ちゃんの勇姿を見たかったから」


「俺も、見てもらいたかったから……間に合って良かった。響也のおかげで、今日は勝てたから」


 駅のホームで話していたのだが、近くには誰もいない。もう一度近くにいないのを確認してから、響也の手を握った。


「次の県大会もさ、学校が休みの日なんだ。バイトとかなければ……」


「うん、絶対に行くよ」


「本当に? 今日の会場も遠かったけど、次はもっと遠くなるんだ。それでもいいのか」


 場所や日時を聞かずに頷くから、俺は本当に大丈夫なのかと言葉を重ねる。それでも響也は、困った様子もなく笑った。


「当たり前。今度は、ちゃんと時間に余裕を持っていくから。それとも一緒に行く?」


 それもいいかもしれない。一緒に行ってくれれば、さらに安心できる気がした。

 それより、もっといい考えが浮かんだ。


「前日に、俺の家に泊まってくれ」


「……いいの?」


「そうすれば、もっと頑張れそうな気がする」


「それじゃあ、俺が世名ちゃんの幸福のお守りになるよ」


「お守りって」


 俺と響也は笑い合いながら、電車を待った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る