第51話 離れがたい時間
ホテルの部屋は、ベッドが2つあり広々としていた。窓の外からは夜景が見えて、俺は部屋に入るとまっさきに窓に近づいた。
「……すごい。綺麗だな」
「本当だね。レストランの時も凄かったけど、さらに上から見るとこんなに壮観なんだ」
「ああ」
後ろから響也が、俺の体を抱きしめて言う。
心臓がはねたけど、平常心を装って会話をした。
「まるでパノラマみたいだな。現実世界じゃない気分だ」
「あそこにいる人達は、俺達のことを気にしていない。みんな、それぞれの人生を歩んでいるんだよね。そう思うと、なんか……」
「なんか?」
「幸せだよね」
耳元で囁かれ、思わずくすくすと笑った。幸せ、確かにそうかもしれない。
俺達が今幸せだからこそ、余計に感じるのだ。
「……別に、他の人の目はもう気にならないから」
今日一日、響也と過ごしていて、人というのは思っていたよりも見てこないことに気がついた。見てくる人もいたけど、そんな人達の視線を気にする必要は無い。
大事なのは、響也との関係だけ。
「別にいいんだよ。そんなにすぐ変わらなくても。でも、気持ちは凄く嬉しい」
「無理して言ったわけじゃない。でもまあ、急ぎすぎたかもな」
響也の言う通り、ゆっくり変わっていけばいいのだ。でも、今日の気持ちを大事にしようと思った。この気持ちは忘れてはいけない。
「なあ……今日、凄く楽しかった」
「本当? それなら良かった。世名ちゃんに気に入ってもらえるかどうか、ドキドキしていたからさ」
「そうだったのか? そんな感じしなかったけど」
ドキドキしていたとは思えないほど、響也はスマートにエスコートしてくれていた。それなのに同じように緊張していたのだと知ったら、なんだか可愛いと見えてきた。
「……ずっと前から計画を立てていたんだ。どこに行けば楽しんでくれるかな、とか。こういうところ一緒に行ってみたいな、とか。もっと行きたいところはたくさんあったけど、さすがに一日じゃ回りきれないから。それは、また今度にしようね」
「また、今度」
「そう。だって、時間はたっぷりあるでしょ。旅行もいいよね。国内でも海外でも。俺、結構英語得意だから何とかなる気がする」
「旅行」
「そう。これから先、もっと色々なところに行こう。色々なことをしよう。そう考えたら、凄く楽しくて……凄く幸せだよね」
抱きしめる腕に力がこもる。俺は外を見ていたが、もう景色を眺めている余裕はなかった。窓が鏡のように、俺達の姿を映していた。こちらをじっと見ている響也の目は、かなりの熱があった。
「そうだな。幸せすぎて、もう心臓が壊れそうだ」
「壊れちゃ駄目だよ。これから、ずーっと長生きするんだから。シワシワのおじいちゃんになってもさ。縁側でお茶を飲んで、たまに遊びに来る孫と遊ぶの」
「孫って。まだ子供もいないのに」
「いいのいいの。子供いっぱい孫いっぱい。賑やかな家庭を築こうね。最後は一緒に孫に看取られるの」
「……とてもいい未来だな」
「世名ちゃんも、そう思う?」
響也のいう未来が実現すれば、こんなにも幸せな人生なんてないだろう。俺はそう思った。
だから頷き、そして振り返る。
「……当たり前だ」
少し背伸びをしてキスをした。そうすれば、響也が俺を腕の中に閉じ込める。
誰も俺達のことを見ていない。誰も俺達のことを知らない。
2人きりの場所で、俺達はとても幸せだった。世界一だと、自信を持って言えるほどに。
2人きりの時間だったが、響也は親との
約束を守って手を出しては来なかった。
それが寂しくもあり、でもきちんと約束を守る誠実さが喜ばしくもあった。
「あー、楽しかった。っていうか、いいところのサービスは違うな。料理も美味しかったし、風呂は広かったし、ベッドはふかふかだったし」
「そうだね。奮発したかいがあった」
「あ、そうだ。全部でいくらぐらいしたんだよ。俺、半分出すから」
「気にしなくていいよ。えっと、今日のためにバイトを頑張ったんだ。格好悪いところを見せたくなくて。……俺、格好良かった?」
いつもより忙しくしているのは分かっていた。バイトのシフトを増やしたと言っていたが、何かほしいものでもあるのだと、俺には関係の無いことだと気にしていなかった。
でも、それは全て俺のためだった。
「……格好、良かったに決まっているだろ……」
「そっか。それなら、良かった」
安心した顔に、俺は鼻に指を突きつける。
「でも、今度のデートの時は俺が金を出すからな。分かったか」
出しっぱなしにされるのは、借りを作っているみたいで落ち着かない。
そのまま宣言すれば、目を白黒とさせながらも響也は口を開く。
「で、でも。世名ちゃん、部活忙しくてバイトしていないでしょ。それじゃあ、やっぱり俺が出した方が」
ごちゃごちゃとうるさいので、俺は圧をかける。
「分かったって言わなければ、次のデートはない」
そこまで言えば、顔を青ざめさせながら何度も頷いた。
「……うう。今から尻に敷かれてる。かかあ天下になりそう」
「嫌か?」
「全然嫌じゃない」
俺はふっと笑うと、響也に手を差し出した。
「帰るか」
「……うん」
迷いながらも手を握ってくる。家へと帰る俺達の胸には、大きな幸せがいた。
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