第50話 気にならない時間
「あー。遊んだな」
「そうだね。あんなに遊んだのは久しぶり」
色々なことをして遊び疲れた俺達は、ゲームセンターを後にする。そして、大きく伸びをした。
「これから、どこか行くのか?」
「うーん……そうだね。ご飯食べようか。そろそろ、お腹減ったでしょ?」
「ああ、そうだな。でもそれなら、中で食べれば良かったんじゃないか?」
施設内にもフードコートがあった。そこで食べた方が楽だったんじゃないかと思ったが、響也が困ったような顔をしたので察した。
「どこかの店を予約したのか?」
「……実はそうなんだよね」
照れて言う姿に、どういう場所を予約したのか分かってしまう。でも顔には出さなかった。
「それじゃあ、案内してくれるか?」
「……うん」
固い表情の響也に、こっちまで緊張が伝わってきた。
「……ここは、随分と高いんじゃないか?」
首が痛くなるほどの高さがある建物を見上げ、予想をはるかに超えた高級感に思わず聞いてしまう。
「まあまあ。気にしないで」
気にするなと言われても、一体いくらぐらいするのかと考えるだけで学生の身としては恐ろしい。
でもここで色々と言うと、せっかく予約してくれた気分を台無しにしてしまう。
今日だけ特別。そう自分を納得させて、中へと入った。
ドレスコードが必要じゃなくて良かった。その時は、そう教えてくれただろうけど。
他の人もカジュアルな服装だから、少し安心する。それでも、薄暗い店内を案内され席に着いた後もずっと、全く落ち着かない気分だった。
「こういう店、俺も初めてだから、ちょっと緊張するよね」
「マナーとか、ちゃんとしてないと駄目だよな」
確かフォークやナイフは、外から使っていくはず。持ち方も自信が無いけど、なんとかごまかしごまかしやるしかない。
コース料理を頼んだらしく、何も注文していなくても料理が運ばれてきた。カタカナの混じった、どこか聞いたことのある名前の料理。
見た目でも楽しませるために、工夫がこらされている。
「……ん、美味いな」
「本当だ。美味しい」
高級すぎて味なんか分からないのではと心配したけど、恐る恐る口に入れると、想像以上に美味しかった。驚きながら素直に美味しいと言えば、響也も嬉しそうに微笑んだ。
そこからデザートまで時間をかけて食べ、俺は紅茶、響也はコーヒーを飲みながら、まったりと話す。
「全部、美味しかったな。腹いっぱいだ」
「俺も、最初は足りるかなって心配したけど、こんなふうにゆっくり食べると、いつの間にかお腹いっぱいになってた。面白いね」
時間的にも、今日はこれで終わりか。外はすっかり暗くなっていた。遠くでイルミネーションが見える。
一日、ハードスケジュールなほど楽しんだ。
その分、別れが名残惜しい。少しでも時間を引き延ばそうと、紅茶を飲むスピードをあえて遅くしていた。
「あのさ……世名ちゃん」
「なんだ?」
急にかしこまる響也は、顔を強ばらせてゆっくりと震える声で言った。
「上に、部屋を……とってあるんだ」
「部屋」
俺達がいるレストランの上は、ホテルだった。もちろん宿泊もできる。
部屋をとってあるという言葉が、どういう意味を持っているのか。俺もただの子供じゃないから分かる。
一気に体に熱がこもり、響也の顔が見られなくなった。
明日は祝日で休みだ。泊まっても支障はない。支障はないけど。
「お、やが……なんて、いうか」
いくら交際を認めてはいても、さすがにいい顔をしないだろう。友達の家に泊まるのとは、種類が違う。こんなの認めてくれるとは思えなかった。
かすれた声を出した俺に、響也はそっと手を握ってきた。
「大丈夫。世名ちゃんの親には、許可をもらっているから。絶対に手を出さないのを条件にね」
「……い、つの間に」
連絡を取り合っていることすらも、全く知らなかった。許可は得ている。もう断る理由が無くなった。
「もちろん、世名ちゃんが嫌なら……このまま帰るよ。無理に連れて行きたいわけじゃない。ただ、もう少し一緒に過ごしたいだけ」
「お、れは」
何を迷っているのだ。まだ一緒にいたいと思ったのは、響也だけじゃない。そういうことだ。
俺はそっと手を握り返す。
「……いき、たい」
心臓が口から飛び出してしまいそうだ。何とか口にしたけど、それでも楽にはならなかった。
「本当に、いいの?」
自分で言ってきたくせに、断られると思っていたらしい。信じられない様子で確認してくるから、意地悪な気持ちがのぞく。
「……断った方が良かったか?」
「そ、そんなわけない。嬉しくて実感が湧かなくて。ほ、本当にいいんだよね?」
今にも泣き出しそうになるから、俺は緊張をまぎらわせようと笑った。
「……俺の気が変わらないうちに、早く連れて行ってくれ」
「わ、わかった」
真っ赤になった響也は、それでもしっかりと俺をエスコートしてくれた。しっかりと離さないように握られた手。
周りの視線なんか気にならないほど、俺は心臓がドキドキとしていて、そしてそれは響也も同じようだった。
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