第49話 楽しむ時間





 ゲームセンターに来るなんて、たぶん久しぶりだ。高校では勉強や部活が忙しく、それに気を許せるほどの友人がいないから、こうして遊びに来ることはなかった。


「……せ、世名ちゃん。強すぎる。バスケも卓球もサッカーもなにもかもが強いって、どういうこと?」


 肩で息をしている響也に、俺は笑う。


「運動神経はいい方なんだ。どんなスポーツでも人並み以上には出来る。まあ、一番は弓道だけどな」


「人並み以上どころじゃないって……俺だって出来る方なのに、全く歯が立たなかった……」


「ま。響也は帰宅部、俺は弓道部だから、こっちも負けていられないんだよ」


 これで負けたら沽券に関わる。だから本気を出した。それは内緒にしておく。俺にもプライドがあった。


「悔しいなあ。次はカラオケ行こう。俺の美声を聞かせてあげるから」


「それは楽しみだな」


「信じてないでしょ。これでも、結構褒められるんだから」


 悔しそうにする響也に、俺は手を差し伸べて立たせた。そして、今度はカラオケルームへ移動する。




 本人が言っていた通り、響也の歌は上手かった。アップテンポなものやバラード、どんな歌でもだ。高音や低音も出ていて、自分で歌うのを後回しするぐらい、色々な曲をリクエストした。


 俺の好きなアーティストは、歌うのが難しい。でも響也は上手く歌いこなしたので、聞いている方が楽しかった。


「そ、ろそろ限界。一旦、休憩で」


 そう言われた時には、さすがに歌わせすぎたと反省した。ジュースを飲みながら休憩を始めた横で、俺も何かを歌おうと曲を探し始める。


「世名ちゃんも歌うの?」


「ああ、せっかく来たからな」


「それじゃあ俺、歌ってもらいたいのがある」


「お、おい。俺はあまり上手くないんだからな」


「大丈夫大丈夫」


 タッチパネルをとられ、鼻歌を奏でながら操作をしている響也に、俺も好きなものをたくさん歌わせたから強く出られなかった。

 一体何を歌わされるのか。緊張しながら待っていたら、テレビの画面が切り替わった。


「……これって」


 俺が今まで響也に歌ってもらっていたアーティストには、隠れた名曲と呼ばれる初期の頃に発表した作品がある。でも、隠れたと言われてしまっているだけあって、よほどのファンでなければ知らなかった。


 切ない恋を歌った失恋ソング。……と思わせておいて、最後は希望を見せて終わる。俺の好きな曲の一つだった。


「世名ちゃん、よく教室でこの曲聞いているでしょう」


「そうだけど。なんで知っているんだ」


「……ないしょ」


 問い詰めたかったが、もう曲が始まってしまう。俺は慌ててマイクを手に取り、歌い始める。



 恋人と別れてしまった男性。ずっと付き合っていたからこそ、恋人の存在が消えず、でもやり直すとは言えなかった。

 そんな頃、新たな出会いがあり、どんどん惹かれていく。新たな恋を始めよう。

 それを伝えようと思った時に、恋人と出会った場所が無くなると知った。気持ちに区切りをつけるため、そこに行こうと考えた彼の脳裏に、今までの時間が蘇る。

 楽しかったこと、嬉しかったこと、全てがいいものだった。

 この思いを胸に留めておこうと、そう決意した彼の前に現れたのは……。



 最後に、誰が現れたのかというのは、ファンの間でも意見が分かれる。

 別れた恋人か、新しく出会った人か。


 作詞作曲を担当しているメンバーが、明確な答えを出していない。そのせいもあり、余計に憶測が広がった。

 復縁か、新たな恋か。どちらでも、男性の未来は明るいはずだ。だから失恋ソングではなく、希望がある。


 歌い終えた俺は、そっと響也の顔を見た。響也は、ずっと俺を見ていた。そして微笑みかけてくる。


「……凄く、いい歌だね」


 俺は、どうしようもなく胸が苦しくなった。涙が出てきそうで、ごまかすために響也に質問する。


「最後、現れたのは誰だと思う?」


 この質問は、今まで誰にも聞いたことがなかった。アーティストは分かっても、この曲を知らなかったり、知っていたとしても考えが違うかもしれないと質問出来なかった。


「そうだなあ……最後に現れた人かあ」


 考え込む響也の答えを待つ。考えが違くても、別に構わなかった。ただ聞いてみたかった。こんな気持ちは初めてだ。


「……これってさあ、どちらか以外の選択肢ってないのかな?」


「別の選択肢?」


「そう、別の選択肢。例えば、全く関係の無い人かもしれない。家族かもしれない。新しい出会いかもしれない。……選択肢は、二つだけとは限らないと思う」


 その答えを聞いて、俺の胸を占めたのは驚きと喜びだった。


「……俺も」


「え?」


「俺も、どっちでもない可能性を考えていたんだ。どっちかだけだなんて。そう決めつけるのって、なんかおかしいと思ったんだよな」


 別の可能性だってある。でも、今まで言えなかった。言ったら、俺がおかしいと思われる気がした。


「そっか。俺達、気が合うね」


「ああ、そうだな。なあ、喉が回復したなら、他の曲を一緒に歌わないか?」


「一緒に? いいよ」


 嬉しそうに笑う響也にマイクを渡し、俺達はそれから他の曲も歌うことにした。




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