第48話 甘い時間




「お、おい。カフェって……まさかここなのか?」


「そうだよ。ほら、入口に立っていると邪魔だから、早く中に入ろう」


「まっ!」


 俺の声を無視して、響也は背中を押してくる。そのまま店内に入れば、すぐに店員が気づいた。


「いらっしゃいませ、2名様ですね。こちらの席へどうぞ」


 メイドのような、フリルのついたエプロンと服。頭にはカチューシャまでのっていた。

 可愛いらしい女性は、はきはきと席へと案内してくれる。その後ろを歩きながら、俺は気まずくて足元しか見られなかった。


 カフェはカフェでも、連れてこられたのは女性が好きそうなところだった。カラフルな店内に、メニューも可愛さを意識したものだ。

 客も女性か、カップルしかいない。男同士の客は俺達以外いなかった。


「……なんで、ここなんだよ」


「え?」


「もっと他にもカフェはあっただろう。それに、ファミレスでも良かったはずだ」


「嫌なの? どうして?」


「だって」


 だって、人の目が気になるから。男同士で来ているのが、おかしいと思われるから。


「……いや。なんでもない」


 これじゃあ、他の人間と同じだ。そういう考えが嫌なのに。一番それを気にしているのが俺だった。

 馬鹿みたいだ。気にしないように、気にしないように。そう考えながら、メニューで顔を隠した。


「ご注文はいかがなさいますか?」


「そうだなあ。俺はこのふわふわパンケーキのセットをアイスコーヒーで。世名ちゃんは?」


「俺は、ふわふわパンケーキ……メガ盛りのセットで、飲み物は……ホットミルクを」


「かしこまりました!」


 注文を聞いた店員がいなくなると、響也が声を潜めて話しかけてくる。


「メガ盛りって……大丈夫なの?」


「これぐらいなら平気だ」


「そっか。世名ちゃんって、結構な甘党なんだね」


「……まあな」


 でもこんな俺がと、今まで外では食べていなかった。メガ盛りなんて、存在は知っていても一生食べられないと思っていた。

 それに関しては、響也のおかげである。


「お待たせしました。ふわふわパンケーキとアイスコーヒー、こちらがふわふわパンケーキメガ盛りとホットミルクです。ごゆっくりどうぞ」


 語尾に音符マークがつくのではというぐらいのハイテンションで、店員が注文の品を置いて去っていった。


「……う、わあ。大丈夫なの? 全部食べられる?」


「これぐらいなら余裕だ」


 積み重ねられたパンケーキに、俺は自然と口角が上がる。響也はげんなりとした顔をしているが、そこまで甘いものは得意じゃないのだろうか。でもパンケーキを頼んでいるから、完全に苦手というわけでは無さそうだ。普通ぐらいか。


 俺はナイフとフォークを持ち、そしてふわふわのパンケーキを切っていく。柔らかい。本当にふわふわで、口の中に入れるのが楽しみで仕方ない。

 一口大に切り分け、ゆっくりと口に入れる。メープルシロップがたれる前に。口の中に入れると、思わず目を見開いた。


 溶けた。シュワっという音とともに、ほとんど噛まずに消えていった。生クリームとメープルシロップの甘さが絶妙で、テンションが上がる。


「これ、凄く美味しいっ」


 美味しすぎてテンション高めに、響也に訴える。そうすれば、微笑ましいものを見るように笑った。


「それは良かった。……ん、本当だ。美味しい」


 響也も一口食べると、目を輝かせた。美味しいを共有できるのは幸せだ。


「だろう。こういうのって、家で作るのは難しいから。店でしか食べられないんだよな」


「家で何か作ったりするの?」


「あー……まあ、スイーツだけじゃなく、一通りの料理は出来る。母さんに教えられたからな」


 今思うと、一人でも生きていけるようにだろう。料理以外にも、家事は困らないぐらいに出来た。


「そっか、世名ちゃんは凄いね。俺も出来るようになろう。こういうのは、助け合った方がいいよね」


 特に馬鹿にした様子も、任せきりにする様子もない。その気遣いが嬉しかった。


「おう。……美味しいな」


「うん、美味しいね」


 メガ盛りは軽い食感だったのもあり、ペロリと平らげた。響也は引いていたが、これぐらいは普通だ。

 むしろ、もっといける。


「また来ような」


「……うん、来ようね」


 カフェから出ると、俺はお腹をさする。


「次はどこに行くんだ? もう決まっているんだよな?」


「ちゃんと決めているよ。次はね……」


 響也は俺の腕を掴んだ。突然掴まれて驚いている間に、そのまま引っ張られる。


「おい、響也っ?」


「ほらほら、行くよ」


 声を上げる俺に、無視しているのか聞こえないふりをして、響也は走った。腕を掴まれている状態でも、人によっては変に思うんじゃないか。そう考えてしまう自分が嫌で、俺はもう何も言えなくなった。


 そうして腕を掴まれ引っ張られるがまま、たどり着いたのはゲームセンターだった。卓球、バスケ、ボーリング、カラオケなどなど、他にも色々なことが出来るタイプのだ。


「次は、ここなのか?」


「うん。さ、行こう」


 もう引っ張る必要は無いと思ったのか、響也の手が離れる。あんなに離してほしいと思ったのに、いざそうなってしまうと寂しさを感じる自分が嫌だった。




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