第46話 相談してみる




 俺が一方的に責めて、勝手に泣いたのに、先生は落ち着くまで待ってくれた。胸の中でたくさん泣いてすっきりした俺は、恥ずかしさを感じながら涙を拭う。


「なんか……ごめん。迷惑かけた」


 先生の顔が見られなくて、違う方を向いて謝った。もっとちゃんと謝らなくてはと思うのに、みっともないところばかり見せたせいで無理だった。


「いいんだよ。私も、君に酷いことをしてしまった。怒るのも無理ない」


「よし。これで、もうお互いに謝ったりするのは止めよう。この話は終わり。違う話……まあ、そこまで違ってもいないんだけど。その話をしたい」


 このままだとお互いに禍根が残ったままになりそうで、俺は一方的に話を終わりにした。


「それはどんな話かな?」


 文句も言わずに付き合ってくれる先生は、さすがである。俺はまだ来ていないのを確認すると、声を潜めて質問した。


「本当に、妊娠出来るの?」


 出来る出来るとは聞いていたけど、まだ確証は得ていない。先生に言ってもらえれば、もう納得するしかなかった。


「ああ、生理が来た時に調べた。卵子が正常に働いていて、妊娠可能だと判断したんだ」


「……そっか」


 もう事実だと受け入れるしかない。俺は息を吐き、体の力を抜いた。


「でも、妊娠できたとしても、ちゃんと子供が産める?」


 体の大半は男だ。危険は無いのだろうか。妊娠できるとしても、そっちが心配だった。

 俺の質問に、先生は眉を下げた。予想通り、簡単に大丈夫だとは言えないらしい。


「症例が少ないから、世名君の体も子供も絶対に大丈夫だとは……一般の出産でさえ、命のリスクがある。だからもし妊娠したいのであれば、私だけでは手が負えないかもしれない。きっと帝王切開をするだろうから、設備もある程度揃っていなくては」


「俺の体について、誰かに知らせているの?」


「……私の信頼している人に。意見も聞きたかったから、絶対に誰にも言わないでくれという約束で伝えている。彼なら、私よりは力になれるかもしれない」


「でも……その人以外にも、俺の体のことを知らせないと無理だよね。出産までだって放置しているわけないし、出産の時だって人数は必要でしょ」


「……そうだね。話さなきゃいけない」


「知る人が増えるほど、秘密のままにはしていられなくなる。もし、俺の体のことが知られて、妊娠してることも知られたら、俺って研究対象になるのかな?」


「……残念ながら、その可能性は低くない」


「そうだよね」


 もし研究されることになったら、俺はどこかの施設に拘束されるのだろうか。そこで親にも響也にも会えずに、産まれた子供とも引き離されるかもしれない。それは嫌だ。


「どうにか、それを回避する方法はある?」


「そう聞いてくるってことは、子供を産みたいと思っているんだね」


「……うん」


「そうか。それは、とても喜ばしいことだ。まさか、あんなに小さかった世名君が……どおりで歳をとるはずだなあ」


「反対しないの?」


 たくさんのリスクがあるから、医者として止めてくるかと思った。反対されたとしても、多分言うことを聞かなかっただろうけど。


「反対なんかするわけない。ちゃんと考えて、それで出した答えなんだから。自分の体のことも考えて、リスクがあっても子供が欲しいと思ったんだろう」


「……うん。俺、響也と結婚、というかパートナーになって、それで家族になりたいんだ。子供も、響也との子供だったらほしい」


「そうか。いい人を見つけたんだね。今度、連れて来てくれると嬉しいな。一度どんな子なのか会って確かめてみたい」


「分かった。今度連れてくるよ。たぶん向こうも、先生に会いたがると思う。俺がお世話になっているのは知っているから」


 会いたいというのは、響也の人間性を見極めようとしているように感じた。でもきっと大丈夫だろう。

 響也は変なところがあるけど、いいやつだ。それに先生に対しては、借りてきた猫みたいに大人しくしていそうだ。

 その様子を想像したら、思わず笑えてきた。


「幸せそうで良かった。ずっと、世名君のことが心配だったから。体のことを受け入れてはいたけど、どこか人と距離を置いていただろう。信頼して、頼れる人が……生涯を共にしたいと思う人が現れて、本当に良かった」


「先生、大げさだって。そんな、泣かないでよ。先生に泣かれたら、俺どうしたらいいか分からなくなるから」


 感極まって目尻に涙がたまっていく。まさか泣くとは思わず、俺は焦ってしまった。


「そうだね、つい。世名君は孫みたいなものだから。……こうやって大きくなっていくんだね。その成長を間近で見られて、私は幸せだ」


「だから大げさだって。先生、長生きしてよな。子供が産まれた時は、先生に名前付けてもらうんだから」


「それは……長生きしないといけないね」


 涙を拭いながら、先生が笑う。良かった。先生とこれで関係を終わらせるなんて、そんなのは嫌だった。

 俺はほっと胸を撫で下ろし、そして先生にまた抱きつく。背中を優しく撫でられ、もう一度涙がこぼれた。




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