第43話 頼もしさとは





 衝撃が走った。

 理解が追いつかず、自分の話では無い気分だった。


 妊娠できる。俺が。

 生理があるからありえる話なのに、今まで考えたこともなかった。男だというプライドから、結びつけるのを避けていたのかもしれない。


 まだ信じられなくて、嘘だと言ってくれと願う。でも父の顔、母が手で顔を覆ったのを見ると、これは事実だと容赦なく伝える。


「な、んで……なんで言ってくれなかったんだ」


 きっと随分と前から、分かっていた話だ。それなのに、俺には教えてくれなかった。


「成人してから話すつもりだった。事実を受け止められる年齢になるまで、言うのは止めようと決めていたんだ」


「そんなの俺の意思じゃない」


「……分かっている。ただ言うのが怖かったんだ。世名が絶望してしまうんじゃないかと。その絶望と恨みを、受け止められる自信がなかった」


「なんだそれ」


 もし成人してから話されていたら、どういう反応をしただろう。納得出来ただろうか。きっと無理だった気がする。


 もっと早く言ってくれれば、対策を立てられたかもしれない。自分の体に、ちゃんと向き合えたかもしれない。

 すでに終わったことだから、後からなら何でも言えるか。


「そのこと、先生も知っていたってことだよな。先生も、知っていて黙っていたんだよな」


 先生は話してくれたと信じたかったのに。父の反応からすると、もしかしたら先生が話すのを先延ばしするように提案したのかもしれない。


 裏切られた気分だった。俺のためを思ってと言うが、絶対に違う。

 もう嫌だ。認める認めないの前に、顔を見たくなくなった。


 ……そうだ。響也は、この話をどう思ったのだろう。当事者の俺だって受け入れられないのに、余計に無理なんじゃないか。


 反応が怖い。気持ち悪いと思われたらどうしよう。

 だから俺達の交際を反対したのか。ようやく理由が分かった。いくら好きでも、この事実を構わないと言ってくれる人はいない。そうじゃないか。

 知らない方が良かった。自分で聞いたくせに、そんな後悔もしてしまう。


 響也の顔が見られない。何も言わないからこそ、恐怖が増していく。手だけではなく、体が震えてきた。今までにないぐらいの沈黙に、この場から逃げ出したくなった。


「……えっと、話はそれだけですか?」


 もう口を開くことも出来ず、ただただ震えていたら場にそぐわないぐらいの声がした。響也だ。あっけらかんとしている。


「そ、うだが」


「なんだ。重い空気だから、もっと大変な話をされると思っていました。肩透かしを食らった気分です」


「君は、この話を聞いてなんとも思わないのか?」


 この場で、響也だけが異質だった。困惑しながら問いかける父に、軽く聞こえるぐらいの明るさで返事をする。


「なんとも思わないといいますか……世名さんの体は心配です。もし俺達の子供を妊娠したら、負担をかけてしまいますから」


「に⁉」


 さらりと普通に言ったが、結構凄いことを口にしている。


「俺達の子供を妊娠って……き、気持ち悪いとは思わないのか?」


「気持ち悪い? なんで? 凄いことだよ。世名ちゃんは、不思議で凄い。天から愛されているんだね」


「……何言っているんだ、馬鹿」


 心配していたのが馬鹿らしくなってきた。もっと、響也を信じるべきだった。どんなことでも受け入れてくれると、自信を持つべきだった。

 俺は脱力しながら、響也の方を見る。俺を見ていたようで、その目には愛おしさや慈しみ、少しの熱が含まれていた。目を合わせた瞬間、胸がきゅっとなった。


「馬鹿だよ。俺は世名ちゃん馬鹿だから。どんなことがあっても大丈夫だって言ったでしょ。もっと俺を信じて。俺の気持ちは、物凄く重いから。世名ちゃんが嫌だって言っても、離してあげられないぐらい」


「それは、熱烈だ」


 そっと頬に触れられる。キスされる。そう思って目を閉じたが、咳払いが聞こえてきた。

 存在を忘れていたが、すぐそこに父も母もいたのだった。2人の目の前で、キスをしようとしていたなんて、何をしていたんだ。


 慌てて目を開けて、響也から距離を置く。残念そうな顔をしていたが、親の前でキスをするつもりだったのか。さすがに駄目だろう。


「私達は、君を随分と過小評価していたみたいだ」


 気まずげに、でもしっかりとした口調で父が話す。態度が柔らかくなっていた。響也の言葉で、場に漂っていた緊張も薄れている。この短時間でここまで変化させるなんて、響也の方が不思議で凄い。


「このぐらいで世名さんから離れません。むしろ、今は喜びでどうにかなりそうです。だって、子供……世名さんとの子供」


「そ、そうか」


 にやけ始めたせいで、途端に気持ち悪さが出てきた。父も引いている。そんな顔をしていたら、せっかく認められそうな気配が遠のいてしまう。

 見えない位置で、響也の体を小突いた。でも止まらない。


「世名ちゃんとの子供……絶対溺愛しちゃうな。世名ちゃんに似たら、もう結婚なんてさせられない。可愛すぎて誘拐されるかもしれないから、ずっと一緒にいなきゃ……」


「彼は、大丈夫なのか?」


 その問いかけに、俺は駄目だと言いそうになった。でも、何とか我慢する。


「大丈夫。俺のことを、それだけ好きでいてくれているって証拠だから」


 気持ち悪さは見ないふりして、頷いておいた。




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