第42話 説得の時間





「千堂君と言ったな。話というのはなんだ」


 リビングに移動したのはいいけど、重苦しい空気はますます強くなっていた。

 その中で父が口を開くけど、どこかよそよそしいものがあった。


「はい。世名さんから話は聞いていると思いますが、俺達はお付き合いをしています。その挨拶に来ました」


 この状況でも響也は怯まずに、はっきりと答えた。その姿に、頼もしさしか感じない。

 俺が選んだ人は、こんなにも格好いい。


「挨拶と言われてもな。認めたつもりはない。こちらの要求は、2人が別れることだ。世名にも言っている。この考えが変わることは無い」


 父も頑固だった。どうして、こうも頑ななんだろう。


 堂々巡りをしそうな気配に、俺は視線をそらす。そうすると母と目が合った。ずっと俺を見ていたらしい。悲しげに表情を歪めていた。

 叩かれたのは、もう気にしていない。心配させたのを考えれば、甘んじて受け止める。

 でも反対し続けるのであれば、母とも縁を切る覚悟だ。


「どうして駄目なんですか。俺達が男同士だからですか。まだ高校生だからですか」


「全てだ。全ての理由で反対している」


「……全てですか。世名さんを管理して、結婚させないつもりなんですね。それは、本当に世名さんのことを思ってのことなんですか。俺は、そう思いません」


「君に何が分かるんだ。私達は世名の親だ。私達以上に、気にかけている人間はいない」


「それが本当なら、どうして分からないんですか」


「分からない? 世名のことは一番分かっている」


 冷静な響也に対して、父は怒りを隠しきれなくなっている。声も大きくなり、苛立ちを表すように貧乏ゆすりを始めた。


「それじゃあ、聞きます。一生結婚を許さなかったとしましょう。その先はどうするつもりですか。将来、残された世名さんは誰に守ってもらえるんですか?」


「それは……」


「一人で生きろと、そういうことですよね。あなた方がおっしゃっているのは」


 そうだ。何事も起きなければ、親の方が先に死ぬ。俺の行動を制限したとして、死んだ後の責任はとってくれないはずだ。取り残された俺に、どうしろと考えているのか。

 明らかにうろたえた父に、響也は畳みかける。


「俺は生半可な気持ちで、世名さんと付き合っているわけじゃありません。最後まで守り抜くつもりです。一緒にいたい。それは、世名さん以外考えられません」


 座っていたソファから床に移動し、深く頭を下げる。土下座だ。額を地面につけて、そして懇願する。


「俺は、世名さんに両親と仲たがいしてほしくはありません。別れる以外なら、どんなことでもします。だから、どうか考え直してください。どうか、どうかお願いします」


「……響也」


 ただ見ているだけじゃ駄目だ。その横に並び、俺も頭を下げた。


「俺からも頼みます。認めてくれなければ縁を切る覚悟だけど、本当はそんなことをしたくない。心から好きになったんだ。響也以上の人は、今後絶対に現れない。どんなことでもするから、交際を認めてほしい」


 父か母、どちらかが息を飲む。ここまでするほどの気持ちだとは思っていなかったのか。反対すれば、いつかは諦めると思っていたのか。

 でも、もうこちらの本気も覚悟も伝わったはずだ。返答次第では、関係性が崩れることも。


 頭を下げたまま、時間が流れた。終わらないのではないかというぐらい、気持ち的には長い時間がかかった気がする。


「……絶対に気持ちは変わらないんだな」


 ため息交じりに、父が聞いてくる。先ほどよりも静かな声だった。


「千堂君。絶対に世名を傷つけないと、そう約束してくれるか? どんな世名を知っていても」


「もちろんです」


 下げた状態で、響也は返事をする。それを聞き、父が大きな息を吐いた。


「頭を上げなさい」


 許可は得たが、恐る恐る顔を上げた。まだ交際を認められたわけじゃない。


 父は難しい顔をしていた。隣で母も、まだ微妙な表情を浮かべている。

 これはどっちだ。響也も判断がつかないのか、頭を上げたが何も言わない。


「本気なのは伝わった。軽い気持ちで付き合っているわけじゃないんだな」


 俺も響也も、力強く頷く。

 目をつむり眉間にしわを寄せた父は、腕を組んでしばらく口を閉ざした。考えている。どうするのかを。

 そして答えは出た。


「……これからする話を聞いて、それでも別れないと選択するのなら……その時は交際を認めよう」


「お父さん。それは」


「母さん。これはもう、あの話をしなければ止まらない。どうするかは、2人次第だ。受け入れれば、世名の言う通り彼以上の人は今後現れない。私達が死んだ後も、安心できるだろう」


「……分かりました。お父さんが、そう決めたのなら私は構いません」


 母は、また俺を見た。苦しそうで、悲しそうで、俺を責めているというより自分を責めているようだった。


「どういう結論を出しても、今から言うことを誰にも話さないと約束してくれ」


「はい」


 力強く頷いた響也を見て、父は大きく息を吸った。


「世名は……世名が生理になるのは知っていると思うが、実は……妊娠も出来るんだ」






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