第41話 帰宅
「……大丈夫? 世名ちゃん」
「ああ……いや、ちょっと緊張している」
「俺も」
響也の家族と名残惜しく別れてから、俺と響也は家に向かっていた。
とても怖い。怖くてたまらなかった。
その恐怖を感じとった響也が、俺の手を握る。
「今だけだから。人が来たら、ちゃんと離す」
「……大丈夫。家まで……家に行ってからも頼む」
「……ん」
手汗が気にならないように、意識を他に移す。でも、両親のことを考えてしまう。そっちの方が良くない。
お互いに何も言わず、家まで歩いた。誰かが見ていたかもしれないが、全く気にならなかった。
久しぶりの家。数日のことなのに、懐かしくてたまらなかった。帰ってくるつもりはあったけど、なんだか感慨深いものを感じる。
自分の家なのに、まるで他人の家みたいだ。
車があるから、2人ともいる。帰ると連絡したから、当たり前か。それでも、いなければ良かったのにと思った。
「世名ちゃん。何があっても、俺がついているから。何度でも頑張ろう。無理だと思ったら、逃げちゃえばいいんだよ」
「……そうだな」
響也も緊張しているのに、明るく振舞って、俺の気分を和ませようとしてくれる。その気遣いに楽になった。
「その時は、役所にパートナーとして提出できるところに行くか」
「……世名ちゃん、それって……」
「ずっと一緒だろ。そういうことだ」
遠回しのプロポーズだった。今言ったのは、対峙する前に力になる要素がほしかったからだ。
驚く響也に、俺は笑いかけた。
「何があっても、俺がついているから。いつも通りにしていればいいんだよ」
「……うん」
「おいおい。泣くのは止めろよ。話が出来なくなる」
「だって、だって……世名ちゃんが」
「はいはい。俺のせいだから泣かないでくれ。会う前から泣いていたら、意味が分からなくなる」
ここに来た目的を思い出した響也は、顔を引きしめた。
「そうだね。泣いている場合じゃない。俺がしっかりしなきゃ。……行こう」
「ああ」
手を繋いだまま、俺達は進む。鍵は持っていたけど、あえてインターホンを鳴らした。
『……鍵はあいているから、入りなさい』
母の声が聞こえる。俺は頷くと、中へと入った。そして驚く。
まるで待ち構えていたように、父も母も立っていたからだ。いや、実際にそうなのかもしれない。帰ると連絡したから待っていた。いつ帰ってくるかも分からないのに、ずっと。
違うと思いたいのは、そうだとしたら決して短くは無い時間をここにいたことになるからだ。さすがにありえない。ありえたら、良心が痛む。
「……た、だいま」
驚きで忘れかけたが、なんとか声を出した。その瞬間、母が駆け寄ってきて、そして頬に衝撃が走った。
叩かれた。他人事のように思った。まるで全てがスローモーションのように見えて、痛みも遅れて感じた。
驚いた響也が、母に何かを言おうとしているので、手で制する。
叩いた母は、肩で息をしながら怒っていた。怒っているだけじゃない。その目は赤く、潤んでいる。
よく見れば、全体的にどこかくたびれていた。ずっと泣いていたみたいに。ほとんど寝られなかったみたいに。
心配をかけたのだと、事実を突きつけられる。口を引きしめて黙っていた父も、母と同じ様子だった。
まさか、仕事も行っていないとは言わないよな。それはないと信じたいが、完全に否定しきれない。
「今までどこにいたのっ!」
母が叫ぶ。今にも、もう一回叩かれそうだ。
「……響也の家」
ヒリヒリと痛む。唇も痛い。それを我慢して、なんとか口を開いた。
「……親に心配かけて、一体何を考えているんだ」
重々しく父も説教してくる。
心配をかけたのは、俺が悪かった。でも、一方的に説教はされたくない。
「一応、連絡はした。部活の時も、同じぐらい帰らなかったことはあっただろ。連休だから学校も休んでいないし、怒られる理由は無い」
つい反抗的な態度をとってしまう。素直に謝ればいいのに、俺だけが悪いように言ってくるのが我慢ならなかった。
「全く反省していないどころか、部外者まで連れてくるなんてな」
「部外者じゃない。俺の恋人だ」
「恋人とは別れろと言っただろう」
「一方的にな。言うことを聞くとは約束してない」
父も静かに怒りを大きくさせ、大きな声を出していないが、一触即発の空気が漂う。それでも俺だって怒っているから、愁傷な態度は取りたくなかった。
これは何を言っても無駄だ。一生分かり合えない。話をしたところで、鼻から受け入れる気がない。
こんなにも酷いとは思わなかった。響也の両親の温かさに触れた分、余計にそれが際立って見える。
あと少しで成人する。そうなったら縁を切るしかない。受け入れられないなら、もう関わらないべきだ。
「……もう、俺は」
「世名ちゃん、待って」
「でも」
「俺に任せて」
任せろと言って、俺が決定的な言葉を放つのを止めた響也は、2人にしっかりを向き合う。
「どうか、お話だけでもさせてください」
真剣な態度に、渋々頷いた。
どんなに話しても無駄だと諦めているが、ここは響也に任せよう。
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