第40話 別れの時
「……いい人達だな」
あらためて恋人として歓迎され、たくさんのごちそうでもてなされた。
限界を超えていっぱいになった腹をさすりながら、しみじみと言う。
「無理しなくても良かったのに。2人とも、はしゃぎすぎなんだよね。恥ずかしいぐらい」
文句を言っているけど、顔は嬉しそうだった。俺と同じ気持ちなのだ。
「……響也、ありがとうな」
「どうしたの急に。あ、お礼はキスでいいよ」
何を言っているんだと、拒否しても良かった。たぶん響也も、そう返されると思いながら、冗談で言ったのだろう。
「分かった」
でも何故か気が変わって、リップ音を立ててキスをした。
目を見開く姿に、してやったりと感じた。
「……これでいいか?」
離れてからニヤリと笑う。
「……デレが、デレの威力が強すぎるよ……」
口元を押えて悶えている。いつも翻弄されることが多いから、こうして焦っているところを見ると面白い。
もう少しからかおう。俺は、また顔を近づける。
「もう一回してもいいけど……どうする?」
これは慌てふためくはずだ。想像しただけで楽しくなる。
でも期待に反して、響也の返しは違った。
「もう一回したら、止められなくなるよ……それでもいいの?」
やられた。反撃された。
勢いよく体を引けば、唇を舐めて悪い顔をしている。悔しい。
「残念」
まだまだ俺はレベルが足りない。チャラさ具合のレベルが。
恨みを込めて睨みながら、次は絶対に負けないと誓った。
「もう少しゆっくりしても良かったのに……でも学校が始まるから、無理を言っては駄目ね。寂しいけど」
「世名君を困らせるんじゃない。またいつだって遊びに来ていいから。今日が最後なわけじゃないよ」
「それもそうね。世名さん、遠慮せずにいつでもいらして。響也がいない時でも、大歓迎だからね」
「ちょっと。世名ちゃんを取らないでくれる。俺の恋人なんだから」
連休最終日、俺は盛大なお見送りを受けていた。今生の別れかというぐらいの勢いに、若干押され気味である。
そこに響也まで加わったら、もう収拾がつかない。にぎやかな様子に、苦笑いをする。
「みんな、きんじょめいわくよ!」
止まらないやりとりに終止符を打ったのは、真理香ちゃんだった。本当にしっかりしている。大人達をビシッと叱った。
「あら、そうね。ついつい。世名さんとの別れが名残惜しくて、はしゃいちゃったわ。真理香ちゃん、ありがとうね」
「そうだな。それに、世名君を困らせてしまった」
「いや、俺は……とても嬉しいです。家族の一員になれた気がして」
「まあ!」
照れつつ本心を言えば、響也の母親が嬉しそうに抱きついている。
温かい。そして安心する。
「いつでもいらっしゃい。ここは、あなたの家だと思ってくれて構わないから」
「……ありがとう、ございます」
背中を優しく叩かれて、また泣きそうになった。でもここで泣いたら、さらに大げさな事態になる。なんとかこらえ、俺からも抱きしめ返す。
「うふふ、こんな格好いい息子ができて嬉しいわあ」
ゆっくりと離れた彼女は、可愛らしくコロコロと笑った。この明るさに、俺はとてつもなく救われている。
「母さん、はしゃぎすぎ。それに抱きしめるなら、俺の許可をとってからにしてよね」
「あら。いいじゃない。世名さんも、もう私の息子だから。嫉妬ばかりしていると嫌われるわよ」
「そんなことありえないから」
言い争いが始まってしまった。俺は入ることが出来ず、遠くで見守る。
そうしていれば、服のすそを引っ張られた。真理香ちゃんだ。こちらを鋭い目で見上げていた。
結局、認めてもらえなかった。可愛いのだが、仲良くなれなくて残念だ。
「真理香ちゃんも、ありがとう。楽しかったよ」
自然と手が動き、頭を撫でた。手に収まるぐらい小さい。こんなにも小さい子のおかげで、いい結果になった。感謝してもしきれない。
壊れ物を扱うように、加減をして撫でる。嫌がられる覚悟だったけど、また大人しくしてくれた。
「ふ、ふん。すこしはほねがあるみたいね。またあいてするから、あいにきなさいよ。そうじゃないとゆるさないから!」
やっぱり可愛い。そしていい子だ。
俺が考えていたより、仲は良くなっていたらしい。また会ってくれると、そう言ってくれた。
「ああ、また会いに来る。その時は、一緒に遊んでくれるかな?」
「かんちがいしないで。あなたは、らいばるなんだから! かくごしなさい!」
「ははっ。お手柔らかに」
撫でられたまま、頬を膨らませ宣言してくるので、思わず笑ってしまった。
「……きらいっていったの。ごめんなさい。きらいじゃないから。……せな、おにいちゃん」
「っ、真理香ちゃん」
これが攻撃だったら、クリーンヒットだ。小さな声で言われた俺は、胸を押さえてうずくまりたくなる。
「妹にしたい」
「何言ってるの、世名ちゃん。そろそろ触るの終わり。俺を甘やかして」
思わずこぼせば、母親との言い合いを終わらせた響也が騒ぎ始める。真理香ちゃんの頭を撫でるのを止めかけたが、手が掴まれる。
「もっとなでて!」
「駄目」
「きょうにいちゃんにはかんけいない!」
今度は、こっちが争いを始めてしまった。でも悪くない気分だ。
俺は笑いつつ、その争いを見守った。
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