第39話 思わぬ助け舟
どうして謝っているのか。それは、俺が今までたくさんの隠し事をしていたからだ。
でも真理香ちゃんの真っ直ぐな目を見ると、すぐに答えられなかった。
「ねえ、どうして?」
「それは……」
「すきなら、あやまるひつようないよ。わるいことしてないでしょ」
その言葉に、俺はハッとした。
どうして俺は悪いと決めつけたんだろう。真理香ちゃんの言う通り、よくよく考えれば謝るほど悪いことをしたわけじゃない。でも後ろめたさで、勝手に自分を悪だと決めつけた。
「きょうにいちゃんのこいびとなら、もっとうれしそうにして! そうじゃないとずるい!」
「……真理香ちゃん」
「わたしがとってもいいの?」
なんて体たらくだ。こんな年下の子に背中を押されるなんて。不甲斐なくてたまらない。
「それは駄目だな。響也は、いくら真理香ちゃんでも渡せない」
小学生だと見くびっていたけど、もう立派な一人の女性だった。俺は頭を撫でかけたが、それは子供扱いをしていると気づいて止める。
「ありがとう」
「ふんっ。あなたのことはきらいよっ」
「俺は、結構好きだけどな」
「へ、へんなこといわないでっ。ばかっ」
元から嫌ってはいなかった。妹がいたら、こんな感じだったのだろうか。
俺は微笑ましく感じながら、目を細めた。ツンデレみたいだ。そこも可愛いと思う。
やっぱり頭を撫でようか。手を伸ばそうとしたが、横から掴まれる。
「……何しているんだ」
「だって……」
そのまま腕を引かれて、何故か響也の頭を撫でさせられる。何をしているんだと呆れれば、口を尖らせて不満げな顔をされる。
「世名ちゃんが、簡単に好きだって言うから」
つまり嫉妬したわけだ。年下でいとこの女の子に。呆れも大きいが、愛おしさも同時に溢れる。
「妹みたいで可愛いって意味だよ。普通分かるだろ」
「分かるけど、でも……好きって言うのは、俺だけにして」
「はいはい」
まったく手がかかる。頭を撫でながら要求を飲めば、咳払いが聞こえた。
そうだ。ここにはまだ、響也の両親がいる。存在を忘れて、バカップルみたいなやり取りをしてしまった。
恥ずかしくて、そちらが見られない。とにかく撫でるのを止めようとしたが、響也が手を押さえて阻止してきた。
「お、おい」
「もっと」
「今は、そういう状況じゃないだろっ」
「そんなの関係ないじゃん」
「関係あるっ」
小声で言い争いをしていれば、また咳払いがされた。
「……随分と仲がいいんだな」
「す、すみませんっ」
「謝らなくていい」
まだ顔が見られない。呆れられてしまったか。何をいちゃついているんだと。
それもこれも響也のせいだ。俺は責任転嫁して、手に力を込めた。
「いたたっ。あーあ。父さんのせいで、世名ちゃんが恥ずかしがっちゃった。こうやって撫でてくれるの珍しいのに」
「だから、そういうことを言うなって」
この状況が、ちゃんと分かっているのか。絶対に分かっていない。親の前でイチャつく奴がどこにいる、ここにいた。
「……すみません」
何を言っても手遅れで、俺はまた謝ってしまった。
「謝らなくていい。……とても仲が良いんだな。安心した」
それは俺の空耳じゃなければ、優しさが含まれていた。
「そうね……2人とも幸せなのが伝わってくるわ」
この言葉も、優しく聞こえてきた。
「世名さん。怖がらせてしまって、こちらこそごめんなさい。まさか恋人を連れてくるとは思ってなかったから、とても驚いてしまったの。反対するつもりはなかったのよ」
「そうだ。もっと早く言ってくれれば、ちゃんともてなしたのに。響也も、ちゃんと言いなさい。世名君からは言いづらいだろう」
「だって、俺も突然だったから。それに真理香が帰ってから言った方がいいと思って」
「まりかのせいにしないで!」
「ごめんごめん」
俺が都合のいい夢を見ているんだろうか。それでいいのかと逆に問いかけたくなるぐらい、あっさりと認められた。
幻聴かと顔を見れば、優しく笑いかけられた。
「……俺で、いいんですか?」
「ええ、当たり前よ。響也は見る目があるのね」
「そうでしょ」
「息子をこれからも頼む」
「……ありがとうございます」
こんな簡単に受け入れられて、後でバチが当たるんじゃないか。心配だけど、それ以上に嬉しくてたまらない。泣きそうなぐらいだ。
「あー、世名ちゃんのこと泣かせた」
「そういうことを言うな」
黙っていればいいのに、泣いているのをわざわざ指摘するから、注目が集まってしまった。
「あの。これは、嬉しくて泣いているだけなんで、大丈夫ですから」
目元を軽く拭う。
受け入れて、優しい言葉をかけられる。まさか響也の両親にしてもらえるとは。嬉しい。
でも心のどこかで、俺のところもこうだったら良かったのにと、そう思ってしまった。
「ありがとうございます。これからも、よろしくお願いします」
「おとこのこが、そんなになかないの!」
「はは、手厳しいな」
今は余計なことを考えず、この幸せを噛みしめよう。
これがきっかけで、上手くいくかもしれないから。
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