第38話 説得の第一歩
「2人は、真剣に付き合っているの?」
重苦しい沈黙を破ったのは、響也の母親だった。
言葉を冗談だとは受け取らず、その顔はどこか強ばっている。俺が恋人だと受け入れられない、そんな顔だ。
「そうだよ」
「……はい」
嘘はつけない。俺は響也の後に続いて頷いた。
また沈黙。こういう時に話に入ってきそうな真理香ちゃんが、何も言ってこない。空気を読んでいるのか、それとも話についていけないのか。
こちらを睨んでいるから、話は理解している可能性は高い。俺達が恋人だとバレた。だから、あんなに憎しみのこもった目をしている。
その目が見られなくて、視線をそらした。
「……すみません」
「それは、何に対しての謝罪かな」
「今まで黙っていて。何も言わなくて……それで」
「もういい」
言葉を遮られる。俺は思わず肩がはねた。
責められる。覚悟を決めて構えていたら、響也が俺を引き寄せる。今こんなことをしている場合じゃない。軽く叩くが、離れなかった。
「2人が認めてくれなくても、俺は別れるつもりはないから。もちろん認めてくれるのが、一番ありがたいけど。反対するなら、俺は家を出ていく」
「響也! そんなことを言うな!」
俺のせいで、家族と亀裂を入れたくない。すでに手遅れだと言われそうだが、そんなことを考えていられないぐらいに必死だった。
「でも、世名ちゃん」
「でもじゃない。そんなことを言って、悲しませるな。……認めてもらえるように頑張るんだろう?」
今度は懇願する。情緒不安定だ。とにかく、響也と家族の関係を壊したくなかった。
俺の頼みに、響也は口を尖らせる。
「分かった。……出ていくっていうのは取り消す。でも、世名ちゃんとは本気だから」
「そうは言っても、まだまだ世間の目は厳しいわ。その覚悟が出来ているの?」
「当たり前じゃん。それに、今はパートナーとして役所に届けられるところもある。肩書きが必要なら、俺はどこへだって行くから」
そこまで考えてくれていたなんて。俺は嬉しさで、胸が締め付けられる。別れるつもりがないとはいっても、将来のことを詳細に考えていなかった。
ずっと一緒にいる。それぐらいのぼんやりとしたことだけしか、俺はまだ考えていなかったのに、響也はちゃんと計画を立ててくれていた。その事実が嬉しくてたまらない。
「……まだあなた達は若い。これから先、後悔してほしくないの」
「後悔? 今ここで世名ちゃんと別れた方が、絶対に後悔する。若気の至りとか、そういう一時的な気持ちじゃない。俺は、世名ちゃんと生涯を共にしたい。その気持ちが変わらないって、みんなの前で誓えるよ」
響也ばかりに言わせていられない。俺は大きく息を吸う。
「俺も生半可な気持ちで、交際を始めたわけじゃありません。俺のことを信じられない気持ちは分かります。まだ何も伝えられていませんから。だから、説得する機会をください。何度でも、響也と一緒にいるための覚悟を伝えます」
「……世名ちゃん」
「よろしくお願いします」
大事な息子と交際する許可を得ようとしているのだ。頭を下げても、まだ足りない。かといって、ここで土下座をしてもポーズに見える。
本気を伝えるために、下げ続ける。隣で、響也が同じように頭を下げる気配がした。
「……顔を上げなさい」
ゆっくりと顔を上げる。まだ許されたわけじゃない。それに、俺はまだ大事なことを言っていない。
「……俺は、俺の体は……普通とは違います」
「世名ちゃん、それはっ」
「いいんだ。初めに言っておかなきゃ」
「普通と違うというのは、どういうことだ?」
「……簡単に言えば、2つの性を持っているんです。男でもあるし、女とも言える。両性具有って分かりますか?」
交際していると言った時以上に、驚いている。当たり前だ。こっちの方が、珍しいことなのだから。
「ずっと秘密にしていました。バレたら、どんなことになるか怖かったから。でも、響也はそれを知っても負の感情を向けなかった。むしろ守ってくれた。それが、どれだけ俺を救ってくれたか。言葉では、とても言い表せません」
俺は響也を見た。愛しい。その気持ちが出ていたようで、口をきゅっと結んで何かを言うのをこらえているみたいな顔になった。
「男で、しかもこんな体で、受け入れろという方が難しいのは分かります。でも、俺も諦めるつもりはありません」
無意識に勇気をもらうため、響也の手を握った。
今回は、まだここまで話すつもりはなかった。もう少し仲を深めてから、話す方がいいと思っていた。
でも考え直した。隠しているよりも、先に話せば心象が良くなるんじゃないかと。
それに響也に覚悟を見せたかった。親に隠さなくてもいいぐらい、関係を続けるつもりだと証明した。
だからこそ、どこか響也は嬉しそうにしている。
「たくさんのことを隠していて、すみませんでした」
「どうして、あやまってるの?」
謝り足りない気がして口にすれば、幼い声が割り込んできた。
真理香ちゃんだ。俺を睨みつけたまま、もう一度口を開く。
「どうして、そんなにあやまるの?」
それは、純粋な疑問だった。
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