第37話 再び向き合う




 しばらく俺を慰めてくれた響也は、俺が落ち着いたのを見ると、そっと目を合わせてくる。


「落ち着いた?」


「おう」


「これで、涙拭きなよ」


「ありがとう」


 涙と鼻水で酷いことになっている自覚はある。俺は甘えて、差し出されたティッシュで諸々拭く。


「……悪い。取り乱して」


「謝らなくていいんだよ。世名ちゃんの気持ち分かる」


 そう言って悲しそうに笑うから、俺は胸が苦しくなった。やっぱり悲しませた。俺のせいだ。


「……俺は、俺は響也と別れたくないから、家出した……好きな人との付き合いに、反対される意味が分からないから」


 響也は、どう思っているんだろう。急に怖くなった。これがきっかけで、俺を遠ざけると決められたらどうしよう。

 勝手に響也が付き合い続けてくれると、そう決めつけていた。俺の思い違いだったら。とてもじゃないけど耐えられない。


「もし、俺のことが面倒なら……そう言ってくれていい」


 途端に弱気になった。響也の意志を尊重しようと、ボソリと呟く。


「世名ちゃん。それは間違ってるよ」


 それに対し、響也が怒りを押し殺した声で返した。かなり怒っている。とてつもなく。


「俺が、そこで別れたいって言うと思った? もしそうなら、世名ちゃんは俺のことを全然分かってない」


「響也?」


「俺は世名ちゃんと別れる気はないよ。世名ちゃんのことを諦める気もない。ずっと好きだったんだ。簡単に諦めるわけない」


「……本当に?」


 言葉として聞いたのに、すぐに受け入れられなかった。疑いを察したらしく、響也が顔を近づける。

 軽いキスだった。でも一回では終わらず、何回も触れては離れて触れては離れる。


「ん。……ん」


 思わず声が出てしまう。恥ずかしさやら何やらで頭がいっぱいになって、俺は目を閉じた。


「俺の気持ち、ちゃんと伝わった?」


「つたわった。つたわったから……これ以上はっ」


「ごめんね。世名ちゃんには早かったか。いっぱいいっぱいにしちゃってごめん。でも、分かってくれて良かった。俺の気持ちを、もう疑わないでほしい」


「分かった。ごめん。もう疑わないって約束する」


 もうキスされたくなくて、唇を手で塞ぐ。でもそのおかげで、響也の怒りは和らいだ。


「世名ちゃん」


「なんだ」


「……もう一度、親御さんと話をしよう」


「話したところで、きっと無駄だ」


 むしろ響也が出てきたら、余計にこじれそうだ。下手をすれば、響也に酷いことを言うかもしれない。そんなことになったら、俺は両親と縁を切ることも視野に入れる。

 俺は本気だ。響也が大事だった。


「諦めたら、二度と分かり合える日が来ないんだよ。世名ちゃんだって、認めてもらいたいでしょ」


「そうだけど。絶対に無理だ」


「どうしてそう思うの。まだ分からないよね」


「響也には分からないだろ! 俺の気持ちなんて!」


 完全に救いがないほど反対されていないのに、俺の気持ちなんて分かるわけがない。

 こんなこと言いたくなかったのに、分かったように諭す響也に我慢が出来なかった。

 叫んでから後悔するが、もう遅い。謝ろうかと迷っているうちに、響也の親と真理香ちゃんが帰ってきてしまう。


「響也……」


「帰ってきたね」


 謝ろうとした。でもその前に、響也が出迎えるために行ってしまう。俺は手を伸ばすが、あと数センチのところで届かなかった。


「おかえり。父さん、母さん、真理香」


「ただいま! きょうにいちゃん! あそぼ!」


「……ごめんな真理香。俺、ちょっと話があるんだ。2人ともいい?」


 静かな響也の声に、俺は何をしでかそうとしているのか気づいた。慌てて止めようと向かうが、そんな俺の前に真理香ちゃんが立ち塞がった。絶対に響也の仕業だ。


「真理香ちゃん、ちょっと今はごめんっ」


「きょうこそは、けっちゃくをつけるの!」


 なんとかどかそうとしたが、逆にあおる結果になってしまった。強行突破は出来ない。

 俺は実力行使にも出られずに、響也の声を聞いているしかなかった。


「今まで話さなかったけど、実は……付き合っている人がいる」


「ねえ! きいてるの!?」


 真理香ちゃんの声で、ちゃんと話が聞こえない。聞き耳を立てようにも、近い場所で叫ばれていたら無理だった。それなら止めにいくべきだ。

 真理香ちゃんの脇をすり抜けて、3人のところへ走る。


「響也!」


「俺が付き合っているのは、ここにいる世名ちゃんだよ」


 手遅れだった。止めようとした手は、むなしく空を切る。突然入ってきたこともそうだし、一気に当事者になった俺に視線が集中する。

 俺に優しくしてくれた人達だったのに、もう温かく出迎えられることはないだろう。


 違うと、冗談だと言えば、まだごまかせるかもしれないのに。否定したくなかった。否定したら、俺の両親の意見を肯定しているみたいだったからだ。


「あ、あの」


 沈黙が痛くて、なにか言葉を振り絞ろうとした。でも、何も出てこなかった。

 響也を見た。俺を見ているが、俺とは違って怖がっている様子は無い。小さく頷くが、それでは全く安心出来ない。


 俺は震える手を押さえて、どんな罵詈雑言が出てくるのか待った。




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