第36話 気づかれる




「それじゃあ、お世話になる」


「どうぞ、ゆっくりくつろいで」


 さりげなく荷物を持ってくれた響也にときめきながら、俺は中へと進む。

 これから一緒に過ごす時間が増えると実感したせいで、思考がふわふわとしている。


 そんな俺に喝を入れるように、何かが飛んで来た。ゴムボールだ。胸の辺りに当たったが、全く痛くない。


「真理香っ」


「べーっ!」


 どうやら俺を狙ったらしい。あっかんべーをしている真理香ちゃんに、響也が注意した。でも反省することなく、また逃げていく。


 これは長い戦いになりそうだ。俺は床に落ちたボールを拾いながら、不敵に笑った。




 俺が思っていた以上に、向こうは骨があった。

 容赦はしないつもりだったが、ここまで手こずらされるとは。賞賛しているぐらいだ。


 真理香という少女は、年齢よりも賢い子だった。それも、ずる賢いぐらいに。

 敵認定をされてから、攻防は続いた。まだ幼いこともあって、可愛らしい攻撃が多かった。

 ボールを投げられたり、落とし穴を作られたりするものから、辛い酸っぱい苦い食べ物を用意されるものまで。バラエティに富んでいた。

 響也はそのたびに怒ってくれたけど、今回ばかりは逆効果だったと言える。こちらを庇えば庇うほど、真理香ちゃんは俺を嫌いになっていった。憎しみの視線が強くなっていく。


 怪我をするわけではない。ただいつ何が起こるか分からないから、気が抜けない。でもそのおかげで、家出の後ろめたさを感じる暇がないのも確かだった。


 連休に入ったおかげで、学校を休まずに済んで良かった。響也も、今のところは怪しんでいる様子は無い。

 でも永遠にここにお世話にはなれない。いつかは、両親と向き合う必要がある。連絡は何度も来ていた。それに、無事だから安心してほしいと返信だけはした。そうしないと、警察に相談されてしまう。さすがに警察沙汰は、俺以外のところに迷惑がかかる。だから連絡だけは欠かさなかった。


 両親を説得することなんて、果たして可能なんだろうか。連絡はしてくるが、交際を認めるという話は一度も出ていない。つまり心配はしていても、俺が家出した原因である交際に関しては、まだ反対しているわけだ。


 すぐに状況が良くなると、そう楽観的に考えていたわけじゃないけど、でも失望していた。

 そこまで駄目なのか。逆に恐ろしくもなってきた。俺の人生は、俺が決めるはずなのに。


 響也に相談したかった。でも、なんて言えばいいか分からない。相談すれば傷つけてしまうんじゃないか。そう考えたら、話しかけようとしても言葉が出てこなかった。

 真理香ちゃんからの攻撃を受けているのもあり、落ち着いて話を出来る時間も取れない。少女を悪いとは言いたくないが、でもいなかったらとっくに相談していたはずだ。そうやって人のせいにして、自分が怯えているのをごまかそうとした。


「世名ちゃん、なんかあった?」


「……え?」


「元気ない。もしかして真理香のせい? それなら、俺がもっと強く言うよ」


「違う。真理香ちゃんは関係ない」


「それじゃあ、どうして?」


 あまりにも態度に出てしまったのか、響也が心配して真理香ちゃんがいない時を見計らって話しかけてきた。

 真理香ちゃんのせいだと思ったみたいだけど、それは少女のためにも強く否定しておく。俺のせいで怒られたら、それこそ可哀想だ。


 ここで相談するべきだ。このタイミングを逃しちゃいけない。逃せば、後で知った響也が悲しむ予感がする。

 言おう。俺は覚悟を決めて、響也の手を握った。


「俺……実は、家出してきたんだ」


「そうなんだ」


「驚かないんだな」


「なにか隠し事をしているのは感じていたよ。それが何かまでは分からなかったけど。そっか、家出か……」


 大きく驚かなかった響也だったが、それでも戸惑っていた。家出は、さすがに重すぎる話だったか。きっと手に負えない。


「……ごめん、騙していて。でも、言ったら家に帰れってなっただろ?」


「そうだけど……でもちゃんと話してもらいたかった。家出なんて、どうして?」


 当然の疑問だ。俺はそれもちゃんと答えなくてはと、手を握る力を強めた。緊張を感じとったのか、響也の表情も険しくなる。


「……親に、俺達が付き合っていることを話した」


 それだけで響也には理由が伝わった。今度は悲しげに表情が歪む。俺はそれが見ていられなくて、手だけでなく肩を引き寄せた。


「……当たり前だよね。俺が、男だから……」


「それは違うっ。俺の、俺のせいなんだ……俺の体が、こんなだから」


 しかし、いつの間にか抱きしめられていたのは俺の方だった。震える体を、響也がなだめるように触れてくる。


「おれ、べつにすきで、こんなふうにうまれたわけじゃないっ」


「うん」


「それをしっているはずなのにっ。しんぱいしてくれるのはわかるっ。でも、でもっ、どうしてこいびとをつくっちゃ、だめなんだっ?」


「うん」


「おれは、すきなひととっ、いっしょにいることもゆるされないのかっ?」


「うん」


 ずっと溜めていた苦しみを、いつしか吐き出していた。それを聞きながら、響也はずっと俺を抱きしめ続けた。





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