第35話 家出
家を出たのは衝動に任せてだったけど、全くの無計画だったわけではない。
一日で帰るなんてことにならないように、お金はもちろん必要だと思うものを詰め込んだ。その分重くなってしまったけど、目的地は近いから平気だ。
俺は重い荷物をしょって、記憶を頼りにある場所に向かった。
「よっ」
「世名ちゃん? どうしたの、そんな荷物持って」
「えーっと、お泊まりしに来た?」
「お、お泊まり。随分と急だね」
「出る前に連絡した」
「え。……本当だ。ごめん、全然気づいてなかった」
「ということで、おじゃまします」
俺は深く頭を下げると、遠慮なく家の中に入った。響也は驚いてはいるけど、嫌がってはいない。連絡したとはいっても、突然来たことに変わりはないのに。とてもありがたい。
「これ、お土産。家族の人はいる?」
「ありがとう。今日は仕事に行っているけど、夕方には帰ってくるよ。え、でも、本当に泊まるの?」
「……駄目か?」
ずるい聞き方をした。こう聞けば、優しい響也が断れないと分かっていた。
「いいに決まってるよ。親には、俺から言っておけば大丈夫だから。世名ちゃんも言って来たんだよね?」
「ちゃんと伝えてある」
正確には言ってない。出ていく旨を手紙に書いてきた。絶妙に嘘をつかずに、俺は肯定の返事をする。そうすれば親の許可をもらっていると勘違いして、響也が安心したような表情を浮かべる。
「そっか。それじゃあ、初めてのお泊まり会だね」
「そうだな」
本当は家出だけで、お泊まり会という言葉に胸がおどった。中に入りながら、顔が熱くなるのを感じる。
「……あ、そうだ」
先に中に入った俺の後を追っていた響也が、何かを思い出した声を出す。それが何故か聞く前に、膝に衝撃が走った。誰かが飛び出してきて、俺にぶつかってきたのだ。
そちらを見てみると、小学校低学年ぐらいの女の子だった。白いワンピースを着て、頭の上で2つしばりをしている。まるでうさぎみたいだ。
「きょうにいちゃん!」
俺を響也だと勘違いしているらしく、足にしがみつくと頭を押し付けてくる。でも、すぐに別人だと気づいて顔を上げた。
「だれ?」
笑顔から一転、警戒するような表情に変わる。俺が知らない人だからだけではなく、他にも理由がありそうだ。
「ごめんごめん。言うのが遅れちゃった。今、いとこが遊びに来ているんだよね」
なるほど、いとこか。
見知らぬ女の子を連れ込んだと言われたら、どうしようかと不安になるところだった。
まあ、響也が犯罪なんてしないと信じていたけど。
「世名ちゃん、こちらはいとこの真理香。真理香、こちらは俺の……えっと、世名ちゃんだよ」
子供でも、俺を恋人だと紹介するのに抵抗があったのだろう。どこかごまかすように紹介されて、ちょっとだけ傷ついた。
恋人だと紹介されても、そんなことを言うなと怒ったから、とんでもないわがままでもある。
「よろしく。真理香ちゃん」
傷ついたままではいられない。俺は友好的に、真理香ちゃんに話しかけた。
抱きついた状態だったのに気がついた少女は、パッと俺から離れる。そして大きな目を吊り上げた。
「まりか、あなたきらい!」
そう叫ぶと、そっぽを向く。いきなりの嫌い発言に、俺も響也も驚いて固まった。先に回復したのは響也だった。
「真理香っ、何を言ってるんだ。世名ちゃんに謝りなさい」
「やだ!」
怒られても、少女の態度は変わらなかった。むしろ、さらに硬化した。
嫌いと叫び、これ以上怒られないように逃げていく。そして出てきた部屋に消える。
「世名ちゃん、ごめんね。いつもはあんな子じゃないんだけど。もしかしたら、機嫌が悪かったのかもしれない」
響也がすぐにフォローをするように謝るが、俺は機嫌が悪いのではないと、なんとなく理由を察していた。あの様子を見れば、答えは一つしかない。響也に分からないのであれば、言うつもりはなかった。
あれは、嫉妬をする目だ。
俺の存在が気に食わない。たぶん潜在的に、俺達の関係が普通じゃないのを感じ取った。
だから、あんなふうに敵意をむき出しにしたのだ。
まだ子供だから、可愛い嫉妬だと受け流せる。ほど俺は広い心を持ち合わせていない。
いくら小学生でも、ライバルなことに変わりない。
それに恋愛感情じゃなくても、響也からの好感度は高いのだ。油断していたら、足元をすくわれる可能性がある。
「大丈夫だ。たくさん話をすれば、誤解も無くなる」
そう。こういう時は、平和に話し合いでどうにかすればいいのだ。さすがに拳で解決はしない。
ちゃんとそこら辺の分別はつくのに、何故か響也の顔は引きつった。
「えっと……ほどほどにね?」
それでも、これぐらいの忠告なのだから、俺の方が大事にされている。うぬぼれてもいい。
予期せぬ存在はいるが、初めてのお泊まり会は楽しむべきだ。
俺は誰も見ていないのを確認すると、そっと手を握る。すぐに握り返された。
「なんかドキドキする。俺の心臓飛び出してないよね」
「俺も心臓が飛び出そうだ」
なんてことないふうを装っていても、心臓がうるさかった。これは家出なのに、それを忘れかけるぐらいに楽しさの方が大きくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます