第34話 立ちはだかる壁
俺達の関係は、誰からも邪魔されず静かなものになるはずだった。
でも、考えが甘かった。
「……あなた達の交際を認めるわけにはいかない。すぐに別れなさい」
そして、まさか両親に反対されることになるとは思わなかった。
俺はなんと答えていいか分からず、言葉に詰まった。もっと声をあげて良かったはずなのに、ただただ黙って立っていることしか出来なかったのだ。
響也との関係を両親に伝えようとしたのは、俺の考えだった。
体のこともあり、2人はかなり過保護である。それこそ、学校と病院以外で外出する時は、毎回どこに行くのか尋ねてくるほどだ。
嫌ではないけど、響也と付き合ってからはごまかすのは面倒だと思った。それなら、関係を先に言ってしまった方が色々と楽だった。
「そういえば、俺付き合っている人がいるんだ」
だから、何気ない世間話の延長で、交際を伝えたのだ。質問される覚悟はしていても、まさか駄目だと言われるとは夢にも思っていなかった。
「……付き合っている? どんな人」
まだ、その時は怒っているとは知らず、少し機嫌が悪いのかぐらいに考えていた。
「えっと、良い奴だよ。俺のことを知っていて、何度か守ってくれている」
俺の答えに、母の眉間にしわが寄る。
「奴? 奴ってどういうことかしら?」
「その……」
男だということを正直に話すべきか迷い、隠し事をするのは良くないと結論づけた。
「……男なんだ」
母は何も言わなかった。その代わり、今度は父が口を開いた。
「世名のことを知っていると言ったな。それは、体のこともなのか」
「……そうだよ」
「お前が話したのか」
「えっと、その……事情があって。バレた感じかな……」
「どうしてバレたんだ」
ここら辺で、両親の反応が予想と違うことに気がついた。祝福されていない。
まるで尋問されているみたいだ。俺は助けを求めるように母を見たが、母の表情も険しかった。
「世名は十分気をつけていたでしょ。それなのにどうしてなの。ちゃんと話しなさい」
2対1で勝ち目はなかった。俺は渋々、前に倒れた時にバレたと話した。母は思い当たる節があったらしい。
「もしかしてあの時の……」
「知っているのか」
「……ええ。確か名前は、千堂君と言ったわね」
一度しか会っていないのに、名前まで覚えていたなんて。俺は驚きとともに恐怖を感じる。名前まで知られているのだから、ここで口を閉ざしても、響也にまでたどり着く。
時間の問題だと頷いた。
「……あの子が」
「俺のこと助けてくれたのを、母さんも覚えているよね。優しい奴だって言ってた」
「そうね。あの時は、親切なクラスメイトだと思っていたから」
何とか響也の印象を良くしようとしているのに、母の態度は冷たかった。父の表情も固い。顔を見合わせた2人は、同時に俺を見た。
「あなた達の交際を認めるわけにはいかない。すぐに別れなさい」
母の言葉は有無を言わさないものだった。俺は言葉が出なかった。立ち尽くすだけだった。でもこのままだと別れさせられると、何とか言葉を振り絞る。
「……軽い気持ちで付き合い始めたわけじゃないんだ。別れたくない……」
俺は何とか伝わって欲しいと、必死に言葉にした。
でも上手くいかなかった。
「駄目だ。認められない」
父まではっきりと言い切り、取り付く島もない。
「どうして……どうして駄目なんだよ」
鼻の奥がつんとする。涙がにじむ。
「響也が男だから? 俺の体が人とは違うから? 俺は、一生誰とも付き合えないってこと。そんなこと言われたら、こんな体を一生恨みたくなる」
話すうちに、溢れ出して止まらない。泣きながら訴えた。
でも、どちらも考え直すとは言ってくれなかった。
もっと喜んでくれると思っていた。
心配していても、そこまで俺の行動に制限するなんて。あまりにも過保護すぎる。
あの後、結局話は平行線のままで終わった。俺が何を言っても、首を縦に振ることは無かった。とにかく別れろとだけ。
響也が駄目なんじゃない。俺が恋人を作るのが駄目なのだ。一生恋人を作らせない気か。あの様子だとありえる話だった。
響也になんて言おう。両親に話をするとは、まだ伝えていない。だから反対されたことも知らない。言えるわけがない。
いつかは分かってくれる。そんな期待は出来なかった。許してはくれない。
どうして、普通の恋愛を反対されるんだ。俺は誰かを好きになれることも、誰かと恋愛することも出来ない。体が人と違うせいで。
唇を噛みしめた。悲しくて、辛くて、頭に血がのぼる。
この理不尽な状況に、どんどん怒りが大きくなった。
両親は諦めて別れれば満足するのだろう。そうだとしても、俺は諦めたくなかった。響也と一緒にいたかった。
それなら、やることは一つしかない。
俺は拳を握りしめ、覚悟を決めた。手紙を書く。書くなんて可愛いものじゃなく、書き殴った。気持ちをのせた。
そして最後まで書き終えると、小さく息を吐く。
「……さよなら」
涙をぬぐった。いつの間にか泣いていた。最近、涙もろくなっている。これからは強くならなくては。
俺は自分に言い聞かせながら、荷物をまとめ家から出た。
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