第33話 そういう関係




 俺と千堂の関係を、どう言葉にすればいいのだろうか。

 恋人、でいいのだろうか。自信が無い。そして、誰かに堂々と宣言できるものでもない。

 多様性が認められていても、どんな反応をされるかが読めないからだ。

 俺の体と同じぐらい、受け入れてもらえない可能性がある。


 俺はよくても、たくさんの友達がいる千堂が心配だった。本人には言わないけど。


「俺達って……そういうことでいいんだよな?」


 この関係に名前をつけたくて、俺は直接聞いた。言葉が足りなくて、今まですれ違ったことがたくさんあった。

 言いたいことは言い、聞きたいことは聞く。俺達に必要なことだ。


「そういうことっていうのは……恋人っていう意味?」


「そうだ」


 お互いがお互いを好きで、キスもした。これで恋人じゃないと言われたら、かなり傷つく。もしかしたら、この野郎と殴るかもしれない。キスをしかけたのは俺だとしても、受け入れたのだから同じだ。

 どんな返事をするんだ。拳を握りしめながら待っていれば、千堂は苦笑する。


「世名ちゃん、好戦的すぎるって……俺を不誠実な男だって思っているんでしょ」


「いや。でも答え次第だ」


「それ、結構疑ってない? 信用ないね。こんなに一途なのに」


 軽口を叩いているが、どうしてだか緊張もしている。はっきりと言葉にするのが、まだ怖いのか。同じ気持ちは持っている。でもそれより、きちんと言葉にして明確にしたかった。


「俺は、俺は……恋人として、これから一緒にいたい」


 言わせてばかりじゃ駄目だ。俺からも言わなくちゃ。

 恋人と口に出すのは、かなり勇気が必要だった。でも言ってしまえば、心の中で溜まっていたモヤモヤが無くなった気がする。


 千堂を見る。それだけで良かった。何を考えているのか、すぐに分かったからだ。


「……顔、真っ赤だ」


「言わないで……分かっているから。自分でも。分かっているよ。顔が赤いのは。……うわあ、俺何言っているんだろう。恥ずかしい」


 真っ赤な顔をして焦っている千堂と、どういう関係になれるかなんて、答えは一つしかなかった。


「……俺も、世名ちゃんと恋人でいたい。世名ちゃんがいいなら」


「いいに決まってるだろ。俺だって不誠実な人間じゃない。……それじゃあ、恋人だ」


 お互い顔を赤く染めながら、どちらともなしに顔を歪めた近づける。

 2回目のキスは、まだ慣れていないせいで心臓が飛び出すのではないかというぐらいドキドキした。でも、千堂の緊張も伝わってきたから、そこまで恥ずかしくはなかった。


「前はそこまで余裕がなかったけど、世名ちゃんの唇って……柔らかいんだね」


 唇を離してすぐに、千堂がはにかむ。そしてとてつもなく恥ずかしいことを言ってきたから、照れ隠しで胸の辺りを殴った。


「こ、小っ恥ずかしいことを言うなっ。誰かに聞かれたらどうするんだ、馬鹿なのか。千堂はっ」


 ぽかぽかと軽くだったのに、何故か表情が歪む。


「世名ちゃん。違うでしょ」


「違う? 何が?」


 ムッとした千堂は、俺の手首を掴んでまた顔を近づけた。


「名前」


「名前?」


「下の名前で呼んで。恋人なんだから」


 名前で呼ぶ。その言葉を理解してから、俺は口が動かなくなった。千堂は千堂だ。名前で呼ぶなんて考えてもいなかった。

 でも、恋人だから名前で呼ぶのは当然の願いだ。


「まさか、俺の名前を知らないわけじゃないよね?」


 俺が口を開かなせいで、不安になったらしい。下から窺うように、寂しそうな目で見てくる。本当に名前を忘れていると思っているのか。

 まったく、そういうところは自己評価が低い。俺はため息を吐く。

 そして千堂の唇に触れ、離れた。


「……きょうや」


 名前を呼ぶなんて簡単なことだと思ったのに、いざ言うと緊張してしまった。こんなに言いづらいものなのか。胸がドキドキする。


「うん。……うわ、恋人に名前を呼ばれるって、こんなに嬉しいものなんだ」


 ふにゃりと笑った千堂、もとい響也は可愛かった。こんなに喜んでくれるのなら、もっと早く呼べば良かったのか。いや、ここまで呼ばなかったからこそ、こんなに喜んでくれているのか。


 そっと手を握る。響也は顔を赤くさせたまま、俺にすり寄ってきた。

 まるで猫だ。そうやって可愛いところを見せて、俺をどうしたいのだろう。

 衝動のままに頭を撫でる。


「何度でも呼ぶから、早く慣れろよ」


「うわあ、慣れるかな。でも、これからも呼ばれるのは嬉しいな」


 まだ名前を呼ばれた嬉しさに溢れているらしく、ふにゃふにゃと笑って抱きついてくる。


「世名ちゃん」


「響也」


「もっと呼んで」


「響也。これからずっと呼ぶんだから、少しぐらいで我慢しろ。俺の喉を壊すつもりか」


「えー。だって世名ちゃんに呼ばれると、胸が温かくなるから」


「響也……好きだよ」


「ぐ……そこで好きだと言うのは反則でしょ」


 唸る響也は、俺の好きという言葉に悶えている。場が甘い。恋人になったら、こんなにも甘くなるものなのか。

 今までそういう人がいなかったせいで、正解が分からない。それでも、俺達が幸せだと感じられるのなら、きっと間違いじゃないはずだ。


「俺も、世名ちゃんが好き」


 ほら、こんなにも幸せなことなんてない。




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