第32話 その違いとは





 桜田先輩とは、適切な距離をとれるようになった。向こうが先輩としての触れ合いに戻ったおかげで、俺も後輩として接することが出来た。


 千堂も、すぐにそれに気がついた。


「世名ちゃん、何かあった? そういえば、部長さんは?」


「それが……色々あったんだよ。相談出来なくて悪かったんだけど、こんな経緯があって……」


 俺は先生のおかげで、桜田先輩の考え方が変わったことを話した。普通の部活動の先輩後輩としての付き合いに変わったことを。それは全て、先生のおかげだというのを。


「そんなことが。凄いね、その先生」


「そうだろう。昔からお世話になっているんだけど、頼りになる人で大好きなんだ」


「……ふーん」


「どうした?」


「別に」


「別にって……なんで機嫌が悪いんだよ」


「悪くない」


 絶対に機嫌が悪い。何をそんなに怒っているんだ。俺は呆れながら、情報を付け足してみる。


「一応言っておくけど、先生は祖父みたいで好きなんだからな」


「祖父?」


「そうだ」


「祖父か……なんだ」


 違うかもしれないと思っていたけど、まさか当たっていたらしい。先生に嫉妬して、それで機嫌が悪くなったようだ。先生がおじいちゃんだと分かって、あからさまにほっとしている。

 その様子が、おかしくて笑う。


「もしかして大好きって言ったからか。それは安心するからで、恋愛感情じゃない。心配しなくてもいい」


「……俺、格好悪いな。勘違いして、嫉妬してばかりで」


 頭をかく千堂は、顔が赤い。照れているというよりは、恥ずかしがっている。


「別に、俺の言い方も悪かったし……」


 あまりにも恥ずかしがっているから、フォローをする言葉をかけた。そこまで恥ずかしがられると、俺もつられてしまう。


「俺のこと笑っていいよ。自分で恥ずかしい。でもそれぐらい、世名ちゃんのことになると我を忘れるんだ」


「どうして?」


「どうしてって……それは、えっと」


 俺は千堂の様子に思うことがあっても、今まで深くは聞いてこなかった。でも、そろそろ知る時期が来たと、誰かに言われた気がした。


「教えてくれ。俺と他の人と何が違うのか」


 千堂の顔を見た。そうすれば視線をそらそうとして、結局俺と視線を合わせた。


「……意地悪だよ、世名ちゃん……」


「意地悪でもいい。言葉で聞きたいんだ。……そうじゃないと、俺も、不安だから」


「それって……」


「千堂が先に言ってくれ。俺は、ずるくて意地悪だから」


「別にそこまで言ってないよね。……俺だって怖いのに」


「無理強いはしていない。言いたくないなら、言わなくても」


「そっちの方が嫌だ。待って。ちょっと覚悟を決めるから」


 手のひらを向け、待ってくれと言う。答えを急いでいるわけじゃないから、俺は大人しく待った。

 深呼吸を繰り返し、思っていたよりも短い時間で覚悟を決めた千堂は、しっかりと俺の目を見てくる。


「……俺が世名ちゃんの気持ちを勘違いして、困らせるだけかもしれない。でも、言わないで後悔するよりマシだよね」


 俺はまだ何も言われてないのに、思わず息を飲んでしまった。

 ここで、関係性がガラリと変わる分岐点になると、そう感じた。


「俺は、世名ちゃんが……恋愛的に、好き」


 どこかで予想していた。でも、本当にそう言われて衝撃を受ける。


「俺が、こんな体だから、そう言っているわけじゃないんだよな?」


「違うよ。俺は、もっと前から、きっと会った時から世名ちゃんのことが好きだった。体なんて関係ない。世名ちゃんの全てが好きなんだ。自覚していなかっただけだよ。だから、ずっと頼ってもらいたかったんだ。それに、子供みたいにちょっかいをかけた。格好悪いよね」


 安心させるための言葉だとしても、それでも良かった。嬉しい。単純にそう思った。


「格好悪くなんかない。ちゃん付けしてきたり、話しかけてきたり、初めの頃はなんなんだって思っていたけど、でも絶対に嫌だったら強く拒絶したはずだ」


 そういうところは、はっきりとする。口では文句を言っていたけど、本当に嫌じゃなかった。きっと、そういうことだ。


「そんなこと言うと、俺調子に乗るよ」


 顔を手で覆い、隙間から目がのぞく。俺の反応を怖がりながら期待していた。


「……調子に、乗ればいい」


「世名ちゃんっ」


 声がかすれる。でも近距離だから、何を言ったのか分かってしまった。切羽詰まったような声とともに、力強く抱きしめられる。


「……俺、今なら飛べそうなぐらい嬉しい」


「飛べそうなぐらいって、どれだけだよ」


 呆れてみせたが、俺も同じ気持ちだった。むしろ俺の方が喜びが大きい気がする。張り合うところじゃないかもしれないけど。


「幸せで現実なのか実感がなくなってきた……俺の夢じゃないよね。こんなに都合のいい話になるなんて。夢じゃないと考えられない」


 急展開についていけなくなったのか、そんなことを言いながら現実逃避をし始めたので、俺は前に先生が言っていた勢いが大事という言葉を思い出した。

 それを実践するために、千堂の顔を手で挟む。


「現実だから」


 こんな形で、俺達は初めてキスをした。




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