第30話 対処する方法




 これでいいのだろうか。ふと、俺は考えてしまう。

 精神衛生上、こんなことは良くない。ずっと一緒にいるわけにはいかなかった。


 どうにかしなくては。とにかく1人だけでも。桜田先輩だけでも、傍から離れさせないとおかしな事態になっていく。

 どちらもおかしいけど、特におかしいのは桜田先輩の方だ。落ち着かせて、元に戻ってほしい。


 崇拝する対象を、俺ではなく別に移してもらうのだ。そうすれば、もう少し気が楽になる。

 でも、誰に移させればいいだろう。移したとしても、その誰かが大変な目に遭うんじゃないか。それは駄目だ。可哀想になる。俺と同じことをされる人が。


 それならどうしようか。俺は悩み、こういう時に一番頼りになる人に、また相談することにした。



「また悩み事かい?」


「何回も来てごめんなさい。でも先生に相談するのが一番だと思ったから……あ。この前の作戦は上手くいったよ。本当にありがとう」


「それは良かった。仲直り出来たんだね。体の方は大丈夫?」


「うん、今のところは。でも、また悩んでいることがあって」


「そうか。遠慮しなくていい。今度は、どんな悩み事か話してくれるかな?」


「えっと……」


 俺は出来る限りオブラートに包んで、桜田先輩の説明をした。オブラートに包んだけど、おかしさ具合は隠しきれなかった。

 聞いていた先生は、きっと桜田先輩が変だと気づいたはずだ。それでも指摘してはこなかった。


「その子は、とても特殊だね」


 話を聞いてそれぐらいの言葉で済ませるのは、先生だからこそである。懐が広すぎだった。


「どうすればいいと思う? 俺のことを信じすぎて、ちょっと行き過ぎた行動をとることもあるから、どうにかしなくちゃって思っているんだ」


「……世名君はいい子だから、頼られるのも仕方ないかもね。でも確かに頼られすぎれば、世名君が潰れてしまう可能性もあるから……どうにかした方がいいかも」


「先生もそう思う?」


「世名君が困っているようだからね」


「……なにか、いい案ある? この前みたいな……。突拍子のないものでもいいから。先生だけが頼りなんだ」


 手元を見ながら頼む。先生に負担をかけているのは分かっている。何でもかんでも頼りすぎだ。でも、先生は優しいから、ちゃんと考えてくれる。


「そうだねえ」


 先生は腕を組む。目を閉じたから、考えの邪魔をしないように静かに待った。待ってはいたけど、そのまましばらく動かなくなったので、もしかして寝てしまったのではないかと心配になった。


「……先生?」


「あ、ああ。深く考えてしまったみたいだ」


「寝てなかった?」


「……寝てないよ」


 嘘だ。俺はジト目を向ける。視線をそらした先生は、ごまかすように笑った。


「大丈夫。ちゃんと思いついたから」


「本当に?」


「ああ」


「俺は何をすればいい?」


 千堂の時みたいに、勢いに任せて行動するにも準備がいる。何をするのか、詳しく聞いておきたい。


「今回は簡単だよ」


 そう言った先生に、俺は安心感しか無かった。





「市居、ここは?」


「まあまあ、とにかく入ってください」


「わ、分かった」


 桜田先輩の手を引き、俺は目的の場所まで連れてきた。一緒に出かけようと言った時は嬉しそうだった彼は、辿り着いた場所を見て困惑している。

 逆の立場だったら、俺も驚く。


「ここは……病院だよな?」


 何も説明されずに、病院に連れてこられたのだから。


 先生の案はシンプルだった。病院に連れてきて、先生が桜田先輩と話をする。

 大丈夫なのかと何回も確認したけど、先生は安心してくれと太鼓判を押した。

 ここまで言うのなら、一度任せてみようか。そういうわけで、休みの日に桜田先輩を連れてきた。


 困惑した桜田先輩に、俺は逃げないように手を握る。そうすれば、大人しくついてくるしかなくなった。


「とにかく中に入りましょう」


 俺は安心させるために笑いかける。

 そして先生の元まで連れて行った。


「先生、この人が話をした桜田先輩。こちらは、俺がお世話になっている先生」


「は、初めまして。桜田です」


「初めまして。2人とも、よく来たね。さ、座って」


「は、はい」


 困惑したままだけど、先生の優しくも有無を言わさない勢いに押されて、椅子に座った。


「君の話はよく聞いているよ」


「そうですか。いい話だといいんですけど」


「世名君、ちょっとお茶を淹れてきてくれるかな。場所は分かるだよね。あと、お茶菓子も」


「うん。分かった」


 先生が何を望んでいるのか、すぐに伝わった。俺は桜田先輩の視線を無視して、診療室から出る。そしてお茶菓子を用意するために、病院の外に出た。


 桜田先輩と2人で話をさせてほしい。先生は言外に伝えてきた。俺がいると出来ない話をするのだろう。もしかしたら、俺に執着しないように諭してくれるのかもしれない。


 先生の身が心配ではあったけど、こういう修羅場は初めてじゃないはずだ。信用して、俺は好物である和菓子を買って帰ろう。


 病院の近くにある和菓子屋に向かいながら、上手くいくようにと願った。





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