第29話 両者のプライド
「俺が戻ったから、もうあんたは用済み。さっさと世名ちゃんから離れてくれない?」
「それは無理な話だ」
「ストーカーが。気持ち悪いんだよ」
「君だって、あまり人のことを言えないんじゃないか。しかも、俺よりも市居を悲しませている」
「それはっ」
「俺は今まで市居をサポートしてきた。頼りにされたことも何度かある。俺の方が、傍にいるのにふさわしいはずだ」
「絶対に違う」
「何を言っても、負け犬の遠吠えにしか聞こえない」
「部長さんの方が負け犬だって、そう自覚しなよ。一番気持ち悪いのって、あなたの方だからね」
「俺は気持ち悪くないさ。ただ崇拝しているだけだ」
「それが気持ち悪いって分からない?」
……どうしよう。俺はどうすれば、この言い争いを止められるのか。いや、俺にはどうしようも出来ないのかもしれない。何か言ったところで、どちらをきっと止まらない。
どうしようかと迷っている間にも、争いは激しさを増す。
「寝ている人の体を見るなんて、ありえない話だよね。変態っていうより犯罪だから」
「それは君も同じじゃないか。君も見たんだろう。そして市居の体に神秘を感じた」
「神秘って……世名ちゃんは、俺達と同じ人間だよ。神様でも天使でもない。天使なぐらいに可愛いことは認めるけど」
「そうだろう。崇めるべき美しさを持っている。その審美眼は認めよう。市居の美しさを、もっと全身で感じるべきだと思わないか」
「全身で感じるって……気持ち悪い言い方だな。でもまあ、見る目があるのは認める。そうだとしても俺は崇めたくはない」
「大事に大事にしまっておくのはどうだ。そうしておけば、他の誰にも見られずに済む」
「……それは」
話が不穏なものに変わっている。俺にとって良くない方向に。
このままだと監禁されそうな気がしてきた。2人とも、それをする実行力と反省しない心を持ち合わせている。
手を組まれたら、かなりまずい状況だ。まさかそんなことまでしないと信じたいけど、絶対にないとは言いきれない。それが怖かった。
「市居の魅力は隠しきれない。体のことも、そのうち他の人に知られる可能性がある。そうなれば、どうなる? 市居はどうなると思う?」
「……世名ちゃんがどうなるか」
本当にまずい。
俺は2人の暴走を止めるために、話を中断させる目的も含めて間に入った。
「俺は大丈夫だから。今まで隠してきたんだ。これからも隠し通せる」
「そう言っているけど、俺にも部長さんにもバレたでしょ」
「それは、たまたま……」
「市居は、気を許した相手にガードが緩くなる傾向にある。そうして、気づかれる可能性が高い」
「……それを、睡眠薬を飲ませた人が言いますか」
「2人の人間にバレたんだから、これからさらに誰かにバレるよ。そうなった時、傷つくのは世名ちゃんでしょ。俺達みたいに受け入れる人ばかりじゃないんだから」
「分かっているけど。でも今まで以上に気をつければ」
「これまでも気をつけてきたのに、こうして知られているんだ。完璧に隠し通せるものではない」
2対1は分が悪い。論破されて、黙るしかなくなる。俺をやり込めているが、よくよく考えてみると、悪いのは向こうじゃないか。俺を騙したりして、体のことを暴いた。他の人がそこまでのことをするとは思えない。
「だから俺を閉じ込めるってか? そうなれば、俺の心は死ぬ。心を閉ざす。それこそ、人形のようになるだろうな。もしかして、そっちの方が好都合か?」
閉じ込められるのだけはごめんだ。奥の手である、自分を人質にとった。これで駄目なら、もうどうしようもない。大人しく捕まって、そして言葉通りに人形になろう。
そんな俺を楽しめばいい。
「違う。違うよ。俺は、別にそういう意味で言ったんじゃなくて」
「それじゃあ、どういう意味で言ったんだ?」
「……ただ、守りたいんだ。世名ちゃんが傷つかないように」
「俺が望んでいない形でか」
「……分かったよ。閉じ込めるとか、そういうことは言わないから怒らないで」
「また人権を無視するようなことをすれば、俺は絶対に許さないからな。前に千堂がしたみたいに、存在すらも否定する。それでも構わないなら好きにしてくれ」
ここまで言えば、千堂も諦めてくれた。俺からしても賭けみたいな部分があったから、上手くいって良かった。ほっと胸を撫で下ろすと、桜田先輩が口を挟んできた。
「俺は市居を助けるためなら、なんでもするつもりだ。でも望んでいないことはしない。ただ、市居の秘密がバレそうになることがあれば、俺は望まない行動をとるつもりだ。それは頭に入れておいてくれ」
それは警告でもあり、心配でもあった。その気持ちは伝わってきたので、否定をしなかった。さすがに頷けない。頷いたら。今すぐにでも閉じ込められそうな気配がした。
「気をつけます。これまで以上に、誰にもバレないように。だから2人も仲良くしてくださいね」
どさくさに紛れて望みを伝える。そうすれば流れもあったのか、素直に2人とも頷いた。
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