恋には遠い

第28話 諦められない気持ち

　ここまで来たら、千堂もさすがに無視し続けるわけにいかなかったみたいだ。

　俺を見ている。それが俺にとっては久しぶりで、嬉しさで胸が弾んだ。

「千堂、久しぶりだな」

「久しぶり？　教室で会ってたでしょ」

「会ってた。そう言えるのか。あの状態が」

　自覚はあったらしく、千堂が黙る。なんだ、自覚していたのか。分かっていて、俺を無視していたのか。その事実に胸が痛んだ。

「俺を無視していたんだな……存在すら否定してまで」

「……そんなつもりは」

「そんなつもりはなかった？　そう言えるか？　あんなことをしておいて」

　責める言葉が止まらない。それぐらい、存在を否定されるのは辛かった。目に涙がにじむ。

「……関係ないよね。俺がどうしようと。どうだっていいんでしょ。そういえば、今日は部長さんはどうしたの。いつも一緒にいるんだから。置いてきた？」

「桜田先輩のことはどうでもいいだろう。今は俺と千堂だけの話だ」

　話を微妙にそらそうとするから、俺は千堂の胸を掴んだ。そして顔を合わせる。

「俺をちゃんと見てくれ。俺の話をちゃんと聞いてくれ。お願いだ」

　こうして目を合わせれば、気持ちや考えていることが伝わればいいのに。そうすれば、千堂が何を考えているのか分かるのに。

　俺は懇願した。そうすれば、ノロノロと千堂が俺を視界に入れる。

「……どうして俺に構うの。俺がいなくなれば、世名ちゃんにとっていいんじゃない。俺の存在が嫌だったでしょ」

　……脅しをかけている千堂がいなくなれば、俺は平穏な生活を送れる。存在を認識されない方が、いいに決まっている。それなのに、どうして俺はここまで必死になるんだろう。

　自分でも不思議な感情だった。

「だって、千堂がいないと」

「俺がいないと？」

　千堂がいないと俺は、俺は。

「たぶん……つまらない、と思う」

　気持ちを言葉にするのが難しい。自分でもまだよく分かっていないから。なんとなく思いのままに口に出してみたけど、結構恥ずかしいことを言ったんじゃないか。でも、嘘じゃない。

「世名ちゃんは、俺がいないとつまらないんだ。どうして？」

「……どうして、だろう。分からない」

「ちゃんと考えてみて」

　ずっと考えている。でも、答えは出ない。

　うぬぬと顔をしかめれば、千堂は笑った。

「まだ答えが出ないみたいだね。まあ、今はこれだけで我慢してあげる。でも、ちゃんと答えを出して。どうして俺がいないとつまらないって思うのか」

「……分かった。考えてみる」

　笑いながらも、真剣な目をしていた。だから俺は約束した。そうするのが一番だと。

「それなら、俺も世名ちゃんと一緒にいる。答えを聞くためにね。……無視しようとしていたつもりはなかったけど、悲しませてごめんね」

「俺こそ。桜田先輩のこととか、ちゃんと相談しなくて悪かった。頼りにしていないわけじゃなかったんだ。でも、あの時は色々あって」

「色々？」

「ああ。ちゃんと話すから。そんな怖い顔をしないでくれ」

　機嫌が直ったはずだったのに、また険しい顔になっている。それをなだめながら、桜田先輩とのやり取りを詳しく話した。

「……そんなことが」

　話を聞いて、千堂はショックを受けたまま動かなくなった。それぐらい話に驚いている。俺も冷静に話せるようにはなったけど、危ない状況だったという気持ちは変わらない。

「俺は一体何していたんだ。世名ちゃんが大変な時に。のんきに家でぼーっとしていたなんて。ありえない」

「いや。知らなかったんだから、仕方ないって。助けてほしかったのは、完全に俺のわがままなんだから、そこまで思い詰める必要はない」

「でも、俺がピンチに駆けつけていれば……それなのに、世名ちゃんのことを責めるなんて……そんな権利ないのに」

　助けられなかったことを責めている。でも今考えてみたら、助けを求めていないのに来られるわけがないのだ。千堂は何一つ悪くない。

「ごめん。世名ちゃんを助けに行けなくて。本当にごめん」

「だから気にするなって。今度、何かあった時は助けに来てくれると約束してくれれば、それでいい。約束してくれるか？」

「もちろん。むしろこっちからお願いしたいぐらいだから」

　そっと抱きしめてくる。壊れ物を扱うように、とても優しくだった。

　久しぶりの触れ合いに、今度は俺がガッチガチに固まる。千堂が近い。体温が移っていく。顔は赤くなっていないだろうか。見せられるものじゃない気がする。

　でも、こういう時に限って千堂は気がつく。

「顔真っ赤。可愛い。こうして抱きしめるの久しぶりだから、この抱き心地が懐かしい」

「抱き心地って。変態みたいだ」

「世名ちゃんに触れるなら、俺は変態でもいい」

「俺が嫌だからな。変態はごめんだ」

「えー、男はみんな変態だよ」

「開き直るんじゃない」

　こうして軽口を叩けるようになって良かった。きっと不調も、すぐに良くなるだろう。

　先生の作戦通り、勢いのまま行動して上手くいった。相談して正解だった。でも、

「キスしなさいっていうのは、さすがにな……」

「どういうこと？」

「え、あ、えっと」

　思わず口に出してしまって、千堂の雰囲気が恐ろしいものに変わった。

　勘違いだと説明するのに、ものすごく時間がかかった。