第27話 先生の優しさ





「世名君は、最近色々なことに巻き込まれるね。ちょっと心配になってきたよ」


「俺も、色々とありすぎたと思う」


 これまで平穏だったことを考えれば、それをぶち壊すかのようにたくさんのことがあった。

 体のことを2人にバレた。不調が出た。存在を無視されるようになった。たくさんありすぎて、今年は厄日なんじゃないかと思うぐらいだ。


「世名君は、深く考えすぎるところもあるからね。気楽に生きた方がいいと思うけど、それを強いる方がストレスになる。本末転倒だ」


「深く考えるなって言われても、先生の言う通り無理だなあ。色々と考えちゃう。だって、考えないと自分の体を隠しきれないから」


「……世名君は、ずっと頑張っていたね。とても偉い。よく頑張ったよ。でも、頑張りすぎて心配だ」


 先生は俺の頭を撫でる。昔から変わらない。先生の中で、俺はいつまで経っても子供なのだ。扱いが、ここに通っている子供達と同じなのは、たまにどうなんだろうと感じる。先生を悲しませそうだから、今はまだ受け入れているけど。


「もっと逃げてもいいんだ。君は全てに向き合いすぎだよ。辛い時は逃げなさい。いいね」


「……うん。でも、今回は逃げたくない。逃げたくないけど、話をしても聞いてくれないから、どうすればいいのか分からないんだ」


「話を聞いてもらえない。それは、なかなかの強敵だ。そうだねえ……」


 俺の頭を撫でながら、先生は口元に手を当てて考え込む。真剣に考えてくれて、相談して良かったと自分を褒めた。


「それなら、こういうのはどうだろう」


 いい考えが思いついたみたいだ。俺はもう何の策も無いから、どんなものでも実行する。


「えっと、本当にそれで大丈夫?」


 そのつもりだったけど、先生の話を聞いてやれるか自信が無くなった。でも、とにかくやるしかない。


「私はやってみる価値はあると思う。こういうのが、時には上手くいくことがあるよ」


「そういうもの?」


「そういうものさ。若いうちは、勢いが大事だよ」


 先生は頭を撫で続けながら、俺に勇気をくれる。パワーをもらいながら、頑張ってみるかと考え直す。





 本当に、これでいいんだろうか。

 時間経てば経つほど、どんどん不安な気持ちが大きくなっていく。

 先生が言っていた通り、こういうのは勢いが大事だ。だから時間が経つと、余計なことを考えてしまう。駄目だ。違うことを考えよう。それか無になるのだ。


 悟りを開きながら、俺は時が来るのを待つ。出来れば、早めに来てもらいたい。ここでずっといるのは、そのうち不審に思われてしまう。最近、色々と目立っているから、変な注目を集めたくなかった。


 ため息ばかりが出る。ため息をすると幸せが逃げると言うが、俺の幸せはもう残っていないんじゃないか。幸せが全部なくなったら、ぺちゃんこになって、存在すらなくなるのかもしれない。

 もうぺちゃんこだから、存在を認識してもらえないのか。そういうことかと納得する。


 笑い出しそうになったが、ここで大爆笑したら、それこそ変人扱いされる。人が周りにいなくなれば、体のことがバレるリスクも減るだろうか。そんな考えも浮かんだけど、別のリスクが大きいと頭から消した。


 違うことを考えたおかげで、相手の姿が見つかる前に逃げ出さずに済んだ。

 脳内で、先生の話をもう一度繰り返す。上手くいかない気がしてきた。でも、ここまで来たらやってしまおう。

 先生が言う通り、時には勢いが大事だ。


 深呼吸をし、相手に気づかれる前に俺は走った。そして勢いのまま、相手にぶつかる。


「おっと、ごめん。前を見ていなかった。悪かったな。怪我してないか。いや、しているかもしれない。俺のせいだから保健室に行こう。そうしよう。それじゃあ行くぞ。一緒に行くから」


 後ろに倒れるほどまででは無かったが、それでも相手がよろけた。突然のことに驚いている隙に、俺は腕を掴んで有無を言わさずに引っ張った。

 目的地は、もちろん保健室ではない。そこには養護教諭がいるだろうから、落ち着いて話が出来ない。だから人がいなくて、ゆっくりと話が出来る裏庭に進んだ。


 俺がどこに進もうとしているのか、保健室じゃないことは察したらしい。でも抵抗しなかった。存在を無視しているから、振り払うという行動を取れないのかもしれない。

 好都合だけど、そう考えたら胸が痛む。キリリと痛みを訴える心臓を無視して、俺は誰かに呼び止める前に裏庭に引き連れた。


「ここなら、ゆっくりと怪我を見られるな。そこのベンチに座ろう」


 相手の反応は期待していない。どうせ返事はしないだろうから、俺は腕を掴んだまま無理やりベンチに座らせる。

 座らせてからも腕は離さない。油断して逃げられでもしたら、ここまでした意味が無くなる。二度目は、相手もこんなふうに連れ出されてはくれないだろう。


「それじゃあ、話をしよう。千堂」


 俺の言葉に、千堂は喉をゴクリと鳴らした。久しぶりの反応に、俺に反応してくれたことに、嬉しさで胸の痛みが止んだ。




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