第26話 遠ざかる距離





 千堂と、また距離があいてしまった。

 しかも前よりも、もっと酷い。俺の存在を無視していた彼は、俺を完全に消し去ったらしい。

 視線が合っているはずなのに、こちらを認識していない。俺を見ていなかった。俺なんていないみたいに。


「千堂」


 声をかけても、まったく反応しない。無視しているのではなく、俺の声が耳に入っていないみたいに。

 俺と千堂の様子に、周りは心配そうにしながらも好奇心旺盛といった様子で窺っていた。

 仲直りしたと思ったら、またすぐにおかしな感じになって、一体何があったのかと理由を知りたそうだった。


 俺はというと、この状況になすすべもなく混乱していた。千堂が怒っているのは分かっても、ここまでの態度をとられるとは思っていなかった。謝れば許してくれると、楽観的に考えていた。浅い考えだった。


 存在すらも認識されていない中で、どう仲直りすればいいのだろう。手立てがない。

 それでも、負けずに何度も話しかけた。しかし、一度も答えはなかった。

 強い態度で出ても、泣き落としにかかっても、弁明をしても、全て聞いてもらえなかった。万事尽くした。そして上手くいかなかった。


 どうすれば許してくれるのだろう。最近はそのことばかり考えている。でも答えは出ない。俺はやり尽くした。もう何もすることがない。


「市居、大丈夫だ。俺がついている」


「は、はは。そうですね」


 桜田先輩のせいが大きいのに、とは言えず笑ってごまかした。千堂の代わりを務めるように、桜田先輩がつきっきりで傍にいる。

 今はまだ部活だとごまかせるけど、あんまり一緒にいすぎるとおかしいと思われる。その前にどうにかしておきたい。


 俺は2人の人間を傍にいさせて、どうするつもりだったんだろう。そんなの変だ。上手くいくと、本気で思っていたのだろうか。今考えると馬鹿な話だった。


 とにかくため息が出る。あの時、ちゃんと手が届いていれば、ここまでこじれてはいなかった。桜田先輩に構うことなく、千堂にちゃんと説明していれば、こうはなっていなかったのに。俺が間違っていた。


 千堂がおらず、桜田先輩が傍にいる以外は、特に変わったことはない。俺の体を知っている人が、他に現れる気配もなかった。2人とも秘密にしてくれているおかげだ。


 脅してきたのも事実だけど、千堂がバラすことは無かった。体を気遣ってくれてもいた。気持ち悪いとも、変だとも言わず、ほとんど前と変わらずに接してくれた。そんな存在は、探して見つかるものでもない。とても貴重だ。

 もっと大事にするべきだった。


「桜田先輩、俺が天使でもなんでもないって、いつになったら分かってくれますか?」


「それは無理だな。市居は天使だ。俺の中で変わることはない」


「はは……」


 千堂も問題だけど、こっちもどうにかしなくては。

 こんなに一緒にいるのに、桜田先輩の考えは変わらない。もっと可愛い容姿をしているなら別だが、そういうわけでもない。

 ただ体は違うだけだ。残念なことに、それを桜田先輩は理解してくれない。これだけいれは、普通の人間だと分かってくれると期待していたのだが、どうやら期待外れだったらしい。


 でも俺の体を気遣い、バレたくないと知ってからはフォローをしてくれているのも事実だった。彼が味方になってくれたことで、随分と生活しやすくなった。彼の行動力と影響力が凄いと実感させられた。


 あんなにバレたくないと必死に隠してきて、人にバレた方が過ごしやすいなんて笑える。今までの俺の努力はなんだったと、そう思ってしまう。でも、やはり積極的に人に話すつもりは無いけど。この体を、受け入れられる人が多いとは、まだ考えられなかった。そこまで楽観的ではない。


 千堂のことはストレスで、桜田先輩のことも少しストレスで、俺の体はすぐに不調になった。心と体が直結しているせいだ。


 生理が来ない。悪い出来事が多かったから、来ないのは楽だけど、体を考えるといい話じゃない。早く解決しておく必要がある。後回しにしたら、周りの人に怒られるから。それが何よりも怖かった。


 こういう時に頼りになる先生に、俺は相談しに行くことにした。前も、千堂のことで話を聞いてもらったから話しやすい。心配をかけるから、親には相談出来なかった。先生は親に秘密にして欲しいと言えば、ちゃんとそれを守ってくれる。相談するのに、これ以上の適任はいなかった。


「また、不調が出たらしいね」


「……そうなんだ。しばらく生理が来ていなくて」


「前に不調があってから、そこまで期間が経っていないね。またなにか辛いことがあったのかな。これが原因だっていう心当たりは挙げられる?」


 すぐに不調が精神的なものだと気づき、先生は話を聞く体勢になった。こうやって察しがいいところも、頼りにする理由である。どんなことでも、先生に言えば大丈夫だと根拠はないけど確信する。


「実は、聞いてもらいたい話があって……先生にしか話せないから」


 俺は出されたお茶で手を温めながら、最近あったことを一から話し始めた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る