第25話 理不尽な怒り




「どういうこと?」


 こちらの説得を忘れていた。完全に忘れていたというよりも、後で許可を取ればいいと思った。考えが甘かったらしい。


「えーっと」


「残念だが、こういうことだ」


 どう説明したものかとこまっていたら、俺に引っ付いていた桜田先輩が煽り出す。恐れていた通り、それで千堂が怒った。


「は? なに調子に乗ってんの。このストーカーが」


「ストーカーじゃない。俺は市居が過ごしやすいように、手配していただけだ」


「それがストーカーだって言っているんだよ」


 相性が悪いにもほどがある。だから会わせたくなかった。でもそれは不可能だ。

 2人とも、俺の傍にいたいと言っているのだから、いつかは顔を合わせる。

 それなら俺の心の準備が出来ている時に、こうして会わせた方がマシだと考えたのだが。

 いつ会わせたところで、結果は変わらなかったみたいだ。


「世名ちゃん。何考えてるの。こいつの頭がおかしいのは、もう分かっているよね。それなのに、まだ引っつけているなんて。危機感が無さすぎるよ」


 これは千堂が正しい。

 誘拐した犯人と、こうしてまだ一緒にいるのは、頭がおかしくなったと言われても仕方ない。すでに俺も何回か後悔している。


 機嫌の悪い千堂に反して、桜田先輩は明るい。明るすぎるぐらいだ。

 文字通り俺から離れないと決めた彼は、家にまでついてこようとした。丁重に断ったが、説得するのが大変だった。どうして大丈夫だと思ったのか、小一時間問い詰めたかった。


 千堂は考えていた通り、俺が誘拐されていたのを知らなかった。停学中、さらに期間を延長されないように、大人しくしていたらしい。俺に連絡したら会いたくなると、一方的に情報をシャットアウトしていた。

 それはいいことかもしれないが、どうあがいても助けには来られなかった事実が悲しかった。

 勝手に期待していただけなのに、裏切られた気分になっていた。だから、あえて桜田先輩の存在を教えなかったのかもしれない。ちょっとした意地悪で。

 千堂にとっては、身に覚えのない罪なのに。


「まあ、色々あって。俺に危害を加えるつもりはないみたいだし。傍にいるぐらいだったら」


「平気かなって? 甘い、甘すぎるよ。世名ちゃんの体のことも知っているのに」


 正論すぎて、ぐうの音も出ない。

 桜田先輩が危険人物なのは間違いない。今は崇拝していても、それが虚像だったと気がついた時に、何をしでかすか読めなかった。危害を加える方向にシフトチェンジされて、俺が対抗できるかは微妙なところだ。

 千堂が説教してくるのも当然だった。


 でも、ピンチの場面で駆けつけてくれなかったのに、責めてくるのはお門違いじゃないか。あの時助けに来てくれれば、こんな選択はしなかった。どこかに連れられて、そこで一生を過ごすよりは、まだマシだと思った。


 俺だって、ただ結論を先延ばしにして逃げたわけじゃない。それなのに、事情も知らずに責めてくるのは酷い。頑張って助かったのを、褒めてもらいたかった。


「脅してくるよりは、まだ害はない」


 言ったら駄目だと分かっていても、耐えられなかった。

 案の定、千堂の機嫌は急降下した。


「なにそれ。俺よりも、その変態がマシだって言うの」


「そうとったのなら、そういうことじゃないか」


 一度タガが外れたら、もう止められなかった。止めた方がいいのに、さらに怒りをあおってしまう。


「へえ……そう。そうなんだ。よく分かったよ。世名ちゃんは、俺よりもそいつを選ぶんだ」


「選ぶとか、そういうわけじゃ。ただ、桜田先輩を邪険にするなと」


「はあ? 俺は、そいつのせいで停学処分にまでなっているんだよ。邪険にしないわけないでしょ」


「そうだけど。でも……桜田先輩だって、悪気があってやったんじゃない」


「そいつの肩を持つの?」


「違う。俺の話を聞いてくれ」


「話を聞いてくれって言っているけど、聞いたところでそいつを庇うんだろ!」


 声を荒げる千堂を初めて見た。それぐらい怒っている。分かっていても、驚きと衝撃が大きくて呆然としてしまう。


「……もういい。勝手にすればいい。そいつと仲良くしていれば。俺はごめんだ」


 そう吐き捨てて、千堂は背を向ける。俺は引き止めるために、手を伸ばした。でも届かない。


「千堂っ」


「市居、待ってくれ」


 桜田先輩に掴まれたせいもある。でも振り払えば、まだ間に合ったかもしれない。それなのに迷ってしまった。振り払ったら、今度は桜田先輩が傷ついてしまうんじゃないかと。

 その迷いのせいで、追いかけるには手遅れになってしまった。


「……千堂」


 伸ばした手を、力なく下ろす。俺が呼ぶ声は聞こえたはずなのに、戻ってきてはくれなかった。そんなわけなくても、これで今生の別れみたいな気がした。


「市居。気にする事はない。あんな狭量な男、少しは頭を冷やさせた方がいい。市居の優しさに甘えて、好き勝手にふるまっていたのだから」


 桜田先輩が何か言っているが、きちんと脳が処理しなかった。とりあえず頷いておけば、満足そうにしているので間違っていなかったらしい。

 でも千堂に関しては、絶対に間違った。




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