第23話 桜田先輩の告白
「どうしてこんなことを。桜田先輩は、こんなことをするような人じゃないでしょう」
自由になった口で、まずは説得して考え直してもらおう。良心に訴えかけるように、桜田先輩に話しかける。
「こんなことって?」
本当に分かっていないのか、とても不思議そうに首を傾げている。俺を誘拐した罪悪感なんて、まったく感じていない。
「俺をどうするつもりですか?」
意識を失う前、彼は俺を矯正すると言っていた。その方法が何か。嫌な予感しかない。
怖がっていると、桜田先輩は触ってきた。
拘束されているから、さけられなかった。それが、彼にとっては満足のいくものだったらしい。嬉しそうにしている。俺が受けいれたわけじゃないのに。
「市居が嫌がることはしない」
こうして拘束しているのを、嫌がると思っていないのか。そっちの方が驚きだ。
「これ、すごく痛いんです。外してもらえませんか」
これ、で拘束された腕と足を示した。迷っているようだったので、もう少し押せばいけると畳みかける。
「これだと、桜田先輩に俺から触れることが出来ません。外してください。お願いします」
したくなかったけど、媚びを売る。出来る限り上目遣いをしてみれば、彼が手を伸ばしてくる。
良かった。作戦が成功した。
「少しは目を覚ましたみたいで良かった」
嬉しそうなまま、拘束していたロープをほどいてくれた。ちょろいとは思ったけど、口にはしなかった。
あんなにぎっちりとしていたのに、すぐに手足が解放される。一気に血が流れて痺れていた。手を振って、血の巡りを良くする。
「きつく縛りすぎたみたいだ。痛かったか。ごめんな」
色がついてしまった手首を、桜田先輩が撫でた。今は我慢だ。ここで反抗した態度をとっても、自分を追い詰めるだけだ。油断させて、そこで逃げるしかない。
「大丈夫です。でも、ここってどこなんですか? 突然、連れてこられて混乱していて。教えてもらえませんか?」
桜田先輩が望む俺を想像して、それを演じる。可愛い後輩。憧れていた頃を思い出すんだ。その時の自分を見せればいい。
キラキラとした目を向ければ、さらに彼の雰囲気が柔らかくなった。
「この場所のことは言えない。ただ、市居がそんなふうに昔の姿に戻ってくれるのなら、すぐにでも別のところに移動しよう」
「別のところ?」
「2人きりで、ゆっくりと話が出来る場所だ」
その言葉にゾッとする。どこに連れていかれるとしても、俺にとっては良い場所ではない。絶対に。
「そ、うですか。でも、別に2人きりじゃなくても、俺は桜田先輩のことを……こ、好ましく、思っていますから」
本心じゃないせいで、言葉に詰まってしまった。それでも相手をごまかせた。
「俺も市居が好きだ。こうして、改めて気持ちを確認するのはいいものだな」
「は、はは。そうですね」
変な笑いが出る。でも上手くいかない。
体が震える。このまま話をしたところで、最後に桜田先輩にどこかに連れていかれるのは変わらないんじゃないか。
誰の助けを望んでいるんだ。千堂が来てくれるのではないかと、そう期待しているのか。
俺も知らない場所に助けに来てくれるなんて、絶対に不可能な話だ。自分の甘い考えに、自嘲気味に笑った。
「あの、俺の体のこと、いつ知ったんですか?」
千堂以外には知られていなかったはずなのに、それ以前から彼は知っているようだった。こんな時ぐらいしか聞くチャンスはないだろうし、もう少し時間稼ぎを続けてみるか。
俺の質問に、彼は隣に座ってくる。ホコリが服につくのも構わずにだ。こっちの方が気になったが、言わなくてもいいだろう。
「前に、合宿をしたことがあったよな。学校で」
確かにあった。数ヶ月前、弓道部は大会のために学校で合宿を行った。
その時は幸いなことに生理が来ていなかったから、体に気づかれないように気をつければ良かった。
風呂の時も気を抜かずにいたはずだった。絶対にバレずにいるために、細心の注意を払ったはずだ。それなのに。
「あ、ありましたね。そこで?」
「体を見た」
「はっ……?」
「一緒の部屋だっただろう。俺達」
確かにそうだった。俺と桜田先輩は一緒の部屋だった。そして、この部屋割りを決めたのは彼だった。
「で、も。どうして気づかなかったんでしょう。眠りは浅い方なんですが」
外ではいつも気を張っていて、眠りは浅い。意識でも失っていない限りは、体を見るために服を脱がされたら、絶対に起きていたはずである。
「寝る前に、ペットボトルを渡したよな。その中に、眠りやすくする薬が入っていたんだ」
この人は、何を言っているんだ。なんてことないように、何を言っているんだ。
彼の話が真実なら、睡眠薬を飲まされて寝入ってしまっていた。そのせいで、体を見られても気づかなかった。
気づかないうちに、体を見られていた。千堂も同じだったけど、気持ち悪いという感情が大きい。
「市居の体は、とても綺麗だった。天使だと、そう感じた。生命の神秘だと。市居は神に愛された存在なんだ」
恍惚として、俺を神だと崇めている。
とにかく気持ち悪くてたまらなかった。
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