第22話 桜田先輩と





 俺は人を待っていた。緊張しているけど、それを顔に出さないように気をつける。


「……待ったか?」


「いえ。えっと、急に呼び出してすみません」


「いや、いつでも大歓迎だ。市居からの呼び出しなら」


 俺は桜田先輩と視線を合わせるのをさけて、体の前で手を組んだ。自分を守るためだった。そうしないと上手く話せないから。


「呼び出したのは話がしたかったからです」


 怖い。はっきりさせるのが。でもはっきりさせておかないと、それはそれで気持ちが晴れない。


「話? どんな話だ?」


 本題に入るのに勇気がいる。深呼吸を繰り返し、そして覚悟を決めて桜田先輩の顔を見た。

 いつも通り、どこか心配そうな表情。そんなふうにいているのが、逆に俺を苛立たせた。


「……俺の、俺の体のこと。いつから知っていたんですか……?」


 その苛立ちに任せて、俺は本題に入った。世間話をしている時間は無い。

 俺の問いかけに、桜田先輩は驚いた様子も戸惑った様子も見せなかった。それが逆に恐ろしさを感じさせた。

 口角を上げたのが、さらにそれを助長させる。


「……体のことというのは、市居が女性の部分も持ち合わせている話か?」


「っ!!」


 驚いて悲鳴が出そうになった。口を押さえたが、手が震えて仕方ない。

 本当に、桜田先輩は知っていた。俺の体のことを。いつから? どうして?

 疑問がたくさんある。でも聞くのには、まだショックから抜け出せなかった。


 顔色が悪くなっているのだろう。心配した桜田先輩が近づいてくる。


「どうした、市居。顔色が悪い。もしかして、その日なのか」


「……は」


 その心配が気持ち悪かった。口を押さえていて良かった。そうじゃないと吐いてしまったかもしれない。

 桜田先輩は、俺の腹に手を伸ばそうとした。触られたくない。本能的に思った。


「市居?」


 大げさなぐらいに振り払ってしまった。でもそれぐらい触られるのが嫌だった。

 中途半端な状態で手が止まっている彼は、驚きながらも俺の名前を呼ぶ。名前を呼ばれるのすらも、今は不快だった。


「……俺に、触らないでください」


「市居。何言っているんだ。触るななんて。俺に言っているのか?」


「……はい」


 俺はまた目をそらす。彼は何も言わない。言葉を飲みこんで、理解しているのか。それとも理解出来ないのか。かなりの時間がかかった。そして、静かな声が聞こえてくる。


「あいつを遠ざけたのに、まだ影響が残っているのか。もっと矯正する必要があるな」


 首に衝撃が走った。痛みよりも先に、意識が遠のいていく。


「……ちゃんと元に戻すから、安心してくれ」


 安心出来るわけない。俺の訴えは声にならなかった。倒れる寸前、誰かに体を支えられた。しかしその手は、まったく安心させられるものじゃなかった。






 目を覚ました。

 首が痛い。気だるい。

 俺はうなりながら、体を起こそうとした。

 でも起こせなかった。


 縛られている。口にも、テープか何かが貼られているのか声が出せない。完全な拘束だ。まるで誘拐されたみたいだった。

 いや、事実誘拐されたのだ。この状況は、それ以外に説明できない。


 犯人は桜田先輩だろう。違う方が驚きだ。

 必死に自分を落ち着かせながら、冷静に辺りを観察する。


 俺が今いるのは倉庫みたいなところだ。あまり使われていないようで、ホコリが積もっている。窓から光が差し込んでいるから、まだ夜ではない。そのおかげで周りを見られるが、この状態を抜け出せそうなものはなかった。

 ため息をつきたいが、口が塞がれていて無理だった。


 これから、どうされるのだろうか。傷つけられないと信じたいが、こうされていることから考えると自信がなくなってくる。

 まさか、こんなことまでするなんて。切羽詰まっていたとしても、完全な犯罪だった。


 そして何より怖いのは、桜田先輩は俺の体のことを把握している事実だ。考えたくはないけど、そういった方面で傷つけてくる可能性もある。大丈夫だと信じきれなくなっていた。


 拘束はきつく、少し動かしてみても緩む気配は無い。やりすぎると手を痛めるだけだと、すぐに諦めた。無理なことを続けても、体力を消費するだけだ。チャンスの時に動けなくなったら、それこそ馬鹿である。


 あれから、どれぐらいの時間が経っているのだろう。そう経ってないと自分では思うけど、感覚はあてにならない。もう何日も経っている可能性だってある。

 俺がいないことが騒ぎになっているだろうか。桜田先輩が上手くごまかしているのだろうか。家族や先生は騙されるかもしれないが、例外がいる。


 千堂。

 口には出せないから、心の中で名前を呼ぶ。俺がいなくなって、探してくれているといいけど。でも停学中のせいで、いなくなっていることすらも知らなかったりして。それは最悪の状況だ。

 気づいた頃には、もう手遅れになっているかもしれない。俺は桜田先輩の望む状態に作りかえられて、助けを求めた事実すら忘れる。


「……市居、目を覚ましたのか」


 いつの間にか、桜田先輩が傍にいた。

 そして優しい手つきで、俺の口からテープをはがす。




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