第21話 千堂と





「それで、どうして停学処分になったんだ?」


 千堂は俺から離れようとしなかったから、俺達はソファに並んで座っている。恥ずかしいから嫌だと言ったのに、親が帰ってくるのが遅いからと押し切られてしまった。

 もしその話が嘘で帰ってこられたら、この状況をどう説明するのだろう。恥ずかしくて、穴に入ったぐらいじゃ足りない。


 すりすりと胸に顔を寄せてくる千堂の頭を、俺は前の時よりも優しくを意識して撫でる。


「もっと撫でて」


「撫でてほしかったら、何があったのか正直に話せ」


 手を止めると、もっと撫でろと要求してきたので、交換条件として詳しく話すように言った。


「別に、そんなに楽しい話でもないよ。俺が暴力を振るって、その場面を目撃されただけ」


「暴力って……桜田先輩を殴ったのか?」


 喧嘩は駄目だと、そう言っていたはずなのに。俺は撫でる手を止めて、千堂に信じられないといった非難の目を向けた。


「違う。ちょっと胸ぐらを掴んだだけ。それ以上は手を出してない。でも、騒ぎは大きくなった。まあ、俺と品行方正な部長さんだったら、どちらを選ぶかなんて分かりきっているからね」


 自嘲気味に笑っている。俺も、桜田先輩を選ぶと決めつけている表情だ。その顔は嫌いだった。


「それは……不当な判断だな」


「俺を責めないの?」


「なんで?」


「だって、胸ぐらを掴んだのは事実だし」


 停学になったせいもあるのか、自信を失っている。それでも離れようとはしていないから、言動が不一致な様子がおかしかった。


「まあ、もっと穏便に出来なかったのか、とは思う。何を言われたんだ? 千堂なら、もっと上手く対処したはずなのに。それが出来ないぐらいのことを言われたんだろう?」


「ごめん……それは言いたくない」


「そんなに嫌だったのか」


「……もう少しで殴りそうになるぐらいには」


 いくら桜田先輩がおかしくなったとしても、彼が挑発する言葉を口にしたなんて驚きだった。俺の知っている彼は、もうどこにもいないのかもしれない。残念なことに。


「言える時が来れば教えてほしい。きっと俺に関することだよな」


「……傷つけたくない。聞いたら絶対に傷つくから」


 やっぱり俺関係か。鎌をかけたつもりはないけど、結果的にそういった感じになってしまった。

 二人が言い争いをするとしたら、それ以外に理由は無い。今回の件、全てが俺のせいだ。


「離れないでほしいって言ってたけど、俺達は一緒にいない方がいいんじゃないか?」


 俺から離れれば、おそらく余計な手出しはしてこない。関わっているからこそ、こんな目に遭ってしまったのだ。

 千堂のためには、そっちの方がいいんじゃないか。そう思っての提案だったのに、当の本人が嫌そうな顔をする。


「世名ちゃんは、そういう風に考えると思った。だから詳しく話したくなかったのに。言わなくても同じだなんて。俺のこと、全然分かってない」


「人の弱みに付け込んで、脅しているってことは分かっているけど」


「よく思い出してみてよ。そこまで酷いことはしていないよね」


 言われた通りに思い出してみる。


「……いや。あれを、酷いことじゃないって認識しているのなら、改めた方がいい。今後の付き合いを、もう少し考え直すべきかもな」


「いやいやいや。誰にもバラしてない。体を傷つけたわけじゃない。まだ可愛いものでしょ?」


 そんな低レベルの話をされても。俺は呆れて、軽くおでこをデコピンした。


「普通は脅さないんだよ。……まあ、バラしていないのは感謝しているけど」


「世名ちゃんのことを知っているのは、俺だけで良かったのに……そう思わない?」


「俺は千堂にも知られたくなかったんだけどな。というか、意識を失っている人間の体を見るか普通」


「だって血が出ていたから。しかも凄く。怪我をしているんじゃないかって、心配するのも当然だよね」


「まあそうなのかもしれないけど……やっぱりそこまで見るのは……ちょっと待て」


 今、千堂はなんと言ったんだ。記憶を辿ろうとするが、余計な話をしてしまったせいで上手く思い出せない。


「今なんて言った?」


 何か引っかかる言い方をした。とても重要なことを。それを聞き流すのは良くない。きちんと確認しとかないと。


「何か言ったかな、俺」


「分かっているはずだ。……待ってくれ。俺の体のことを、他に知っている人がいるのか?」


 そうとれる話し方だった。俺は血の気が引く。


「誰が、一体誰が知っているんだ? 言え、誰なんだ?」


 声が震える。撫でる手が止まって、千堂の肩を掴む。嘘だと言ってほしかった。すがったが、千堂は悲しそうに首を振った。


「聞く覚悟あるなら教えてあげる。ものすごく傷つく可能性もあるよ。それでもいいの? 今なら引き返せる」


「……教えてくれ。知らない方が嫌だ」


 俺が引かないと分かったのか、千堂は手を伸ばしてきた。


「辛い時は俺が支えてあげるね。だから安心して」


 するりと撫でられる。安心させる触れ方に、俺は目を閉じた。

 そして、その名前を聞く。




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