第20話 家に行き




「夢じゃないんだよね」


「夢じゃない。この質問、何度目だ」


「だって、俺の家に世名ちゃんがいるなんて……やっぱり夢じゃないかな」


「そろそろしつこい」


 まじまじと見てくる千堂に対し、俺はため息を吐いて顔を手で押した。本当にしつこい。

 千堂は停学処分を下されたから、もちろん家で大人しくしていた。


「よっ」


「せ、世名ちゃん? どうしてここに?」


「教えてもらった。中に入ってもいいか?」


「え? あ、うん。どうぞ」


 まさか俺が尋ねてくるとは思わなかったらしく、出迎えた時から驚いていて、俺の存在を確かめるように傍から離れない。


 千堂の家は、普通の一軒家だった。想像の中では、たくさんのハードルが上がっていたのだけど、肩透かしの気分ではあった。

 中も普通で生活感がある。写真が飾ってあったから、ちらりと見てみた。

 幼稚園生ぐらいだろうか、泥まみれになってこっちに向かって笑っている。可愛い。こんなにも可愛いのに、成長したら憎たらしくなってしまう。残念で仕方ない。


「なに、その顔」


「月日は残酷だなって。しみじみと感じていたところだ」


「絶対にろくなことを考えてないよね。可愛いでしょ、俺」


「可愛い奴は、自分で可愛いって言わない」


「ははっ」


 千堂は、どこまでもいつも通りだった。もしかしたら停学になったのを責めてくるかと思ったのに、そのことをまだ触れない。

 逆に俺の方が緊張していて、いつ言い出そうかとチャンスを窺っていた。


「どうぞ。親はいないから、大したもの出せないけど」


「別にいい。突然来たのは俺の方だし。それよりも話を」


「話? なんのことかな」


 とぼけている。俺が来た理由が何か察しがついているくせに。


「どうして、停学になったんだ? ……俺のせいか?」


 出されたお茶に口をつけ、俺は場の空気から逃れようとした。そんなことしても、なんの力にもならなかったけど。


「世名ちゃんのせいじゃない。……とは言いきれないかもね。まあ、たぶん、というか絶対世名ちゃんが関係している」


 そこはごまかす気はないらしい。俺はもう一度、お茶を飲んだ。美味しいけど、今は味を楽しんでいられない。


「……悪かった」


「それは、何についての謝罪?」


「停学になったこと。俺が桜田先輩を止められなかったから。こんなことになるとは思わなかったんだ」


「……ふーん」


 自分でも情けない声だった。でも自分の罪を認めるには、俺はまだ人が出来ていなかった。千堂の反応が怖い。テーブルの上で手を組み、それだけを視界に入れた。


「どうしてここに来たの?」


 静かな問いかけだった。感情が伝わってこない。俺は顔を上げられなかった。ただ自分の手を見つめていた。


「ここに来て、俺に言いわけをして許してもらいたかった? 俺が許すと思ったなら、随分と馬鹿にされたものだね」


「……ごめん」


 冷たい言葉。でも、怒りの感情はない。ただ事実を突きつけているだけだ。それが逆に、俺の胸をえぐった。


「あーあ。停学一週間って、結構な罰だよね。俺の将来真っ暗じゃない?」


「そんなこと……いや、そうだな」


 停学が進路に響くのは、否定できない。俺はうなだれる。


「どうすれば許してくれる?」


 また沈黙。千堂はしばらく黙って、そして低い声で言った。


「それじゃあ……脱いで」


「……は」


「お詫びに脱いでよ、ここで」


 目的が分からない。俺は千堂の顔を見た。

 冗談で言っているわけじゃなさそうだ。俺にとっては最悪なことに。

 脱げと、そう命令しているのだ。


「……わかった。それが、のぞみなら……」


 ノロノロと立ち上がり、俺は自分の服に手をかける。毎日のように着ている制服なのに、ボタンを外す手が震える。そのせいで、上手くいかない。

 それでも一個、二個と確実に外していった。


 上から手が重ねられ、止められる。


「ごめん。止めて」


「い、いや。俺なら出来る。これで千堂が満足するのなら」


「こんなことをしてほしいんじゃない。ただ意地悪を言っただけなんだ。だから、本当にしなくていい。お願い」


 千堂の声は震えていて、手もそうだった。俺が本気で脱ぐとは思っていなかったらしい。


「……それじゃあ、どうしたら許してくれる?」


 脱いで許してもらえるなら、それぐらいやれる。千堂には一度体を見られているのだから。二度目も同じことだろう。


「これからも俺の傍にいてくれれば、それだけでいいから」


「それだけでいいのか?」


「それが一番の願いだよ。世名ちゃんが傍にいてくれるだけで、あの部長さんよりも俺を選んでくれるだけで、それで満足だから」


 いつの間にか、千堂に抱きしめられていた。俺はそれがあまりにも自然だったから、普通に受け入れた。


「ごめん。絶対にこんなことは言わないって約束する。だから世名ちゃんも、こんなことは二度としないって約束して」


「分かった。約束する」


 震える千堂を落ち着かせるために、俺は背中に手を回した。そして一定のリズムで叩く。

 必死にしがみつく千堂は、まるで子供みたいだった。俺がそう思っただけで、本当はもっと違う意味があるのかもしれないが。




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