第19話 予想外の事態
「どういうことですか?」
俺は言われたことが信じられず、思わず聞き返した。
「だから、千堂が停学になった」
「て、停学?」
聞き間違いじゃなかった。そしてそれを喜べない。
千堂が。停学。その言葉が頭の中で結びつかない。
「ど、どうしてですか? 千堂が何をしたんですか?」
俺にそれを伝えた担任に、掴みかかる勢いで聞いた。その反応は、向こうにとっては予想外だったらしい。戸惑っている。
「市居も、千堂にちょっかいをかけられていたんじゃないのか。そういう話を耳にしたんだが」
「誰からですか?」
「それは……」
「もしかして……桜田先輩ですか?」
俺がその名前を出すと、なんだ知っているんじゃないかという表情になる。やっぱりそうか。これが桜田先輩のやり方か。
どんな手を使ったか知らないけど、忠告は上手くいかなかった。千堂はまんまとはめられたのだ。やり方が汚い。
「もしかして俺に先に話したのも、桜田先輩が関係しているんですか」
疑問形をとったが確信していた。わざわざ俺だけを呼び出すなんて、他の理由が考えられなかった。
品行方正な彼のことだ。担任を手懐けるのは朝飯前だっただろう。
「千堂の停学の期間は?」
怒りをぶちまけないように必死で我慢しながら、俺は問いかける。たぶん停学を取り消させるのは不可能だ。どうしようもないぐらい決定事項になっている。そういう準備は万全にするタイプだ。
「一週間だ」
「……随分と長いですね」
どんな罪を着せられたのか。考えていたよりも、ずっと長かった。
一週間。セクハラまがいのことをされないのはいいとして、千堂がいないと心細かった。
桜田先輩がどう接触してくるのか。それも分からない。部活でも顔を合わせたくなかった。こんなに怖く感じるなんて。少し前の自分だったら考えられない。
「……話は終わりですね。俺は戻ります」
話していたら、我慢の限界を迎えて非難してしまう。失望していても、その態度は良くないだろう。敵は作らない方がいい。
「ちょっと待て」
「まだ何か?」
「桜田が心配していた。体調は平気か?」
もう名前を隠さなくなった。俺の心配をする前に、他にするべきことがあるはずだ。
呆れ果てながら、俺は担任に強めの口調で言い放った。
「平気です、心配してもらう必要はありません」
「そ、それならいいんだが」
「失礼しました」
今度こそ有無を言わさずに、俺は軽く頭を下げて職員室から出て行った。
怒りがおさまらない。全てに怒りをぶつけたかった。でも、それをやったところで何かが変わるわけじゃない。人に見られて、変な噂をたてられるのも避けるべきだ。
「……千堂」
連絡先を知らないから、連絡を取る手段がない。無事がどうか確認出来ない。
「誰かに聞く? いやいや、そこまでは……でもなあ」
どう考えても、停学は俺の責任だ。俺のせいだから、そのまま放置もしたくない。
どうしてこんなことになったのか。まずは話を聞かなくては。そのためには、千堂の家を知る必要がある。
担任には聞けない。聞いたところで素直に教えてくれなさそうだし、下手すれば桜田先輩に話がいきそうだ。絶対に知られたくない。
「……何考えているんだろう」
俺が憧れていた桜田先輩は、こんなことをする人じゃなかった。誰にでも平等で、凛としていて、きちんと善と悪の判断がつく人だったはずだ。それなのに今は、面影が無くなっている。
俺と恋人同士だと勝手に決めつけて、そして何を言っても話が通じない。自分の都合のいいようにしか考えていない。
憧れていた時の姿が、一欠片も残っていなかった。
「これも……俺のせいなのか?」
全部全部俺のせいなのだろうか。そう思わせられる。
「……こんな時にいないなんて」
俺が落ち込んだり、少しでも体調を崩したりしていると、目ざとく気がつく千堂がいない。馬鹿なことを言って励ます人がいない。
それが、とてつもなく寂しかった。
「ばか」
声は届かない。だから直接会って文句を言うことにした。そう考えれば、なんとなく気持ちが楽になった。不思議な感じだ。千堂の存在に励まされるなんて。
でも、自然と笑みがこぼれた。
桜田先輩と顔を合わせたくなくて、初めて嘘をついて部活を休んでしまった。お腹が痛いと同級生に伝えれば、俺が嘘をついているとは思わなかったようで、代わりに休みだと伝えるのを請け負ってくれた。騙すのは忍びなかったけど、心の底から感謝するぐらい助かった。
まだ桜田先輩と顔を合わせるには、俺の怒りが大きかった。周りの目とか関係なく、抗議してしまいそうだ。それで反省してくれるならまだいいけど、そうはならない。
千堂の家は、千堂とよく一緒にいるうちの一人から聞き出した。警戒されるかと覚悟していたのに、何故かニヤニヤとしながらすぐに教えてくれた。教えてくれた方が良いのに、その表情に引っかかるものがあった。
住所だけじゃなく丁寧に地図まで書いてくれて、それを頼りに進む。なんとなくこの辺りだというのはあるので、迷子にならずに行けるはずだ。
「思ったより、俺の家と近いんだよな」
そんなことすらも知らなかった自分に、驚きだった。俺の重要な秘密を向こうは知っているのに、なんだか変な話だ。
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