第18話 忠告
「それで? 俺に気をつけろって言いに来たの?」
千堂の鋭い視線に、俺は怯む。でもしっかりと頷いた。
あの後、なんとか桜田先輩の拘束から抜け出した。怒らせたくなくて、とりあえず媚びを売っていたら機嫌を直してくれた。
最後また頬のキスをされた時は、鳥肌どころではなかったが。後で、念入りに洗っておいた。
桜田先輩が一人で納得して、そして千堂に何をしようとしているのか。どんなに脅されていたとしても、危険な目を遭うのは見過ごせない。
だから忠告をした。身の危険があるかもしれないと。俺の話を聞いた千堂は、どこか怒っていた。
「えっと……何か怒っているのか?」
「怒ってるっていうのは分かるんだ。そうだね、凄く怒ってる」
「どうして?」
「どうして? それも分からない?」
「えっと、桜田先輩が狙っているから?」
「違う」
「えっと、俺がちゃんと上手く収めなかったから?」
「違う」
「えーっと」
「本当に分からないの?」
呆れられた顔は、もう見慣れたものだ。俺は反省するようにうつむく。
「どうして、二人きりで会ったの」
「それは」
「会えばどうなるのか、本当に分からなかった? そうだとしたら、俺はもっと怒る必要があるね」
俺の手首を、千堂は引っ張った。
「っ」
「ここまでされて、まだ先輩だって慕うつもり?」
青あざがついたそれは、完全に桜田先輩のせいだった。冷やしてはいたけど、まだ跡が残っていた。長袖だから隠せても、こうして引っ張られてしまうと出る。
忌々しそうに、千堂は舌打ちをした。
「こんなのは普通じゃない。今話さなかったことを、全て教えて」
手を引き寄せられて、あざの部分に唇が触れた。それを呆然と見ていたが、嫌な気持ちはなかった。何故だろう。そんなことを考えていたら、千堂が笑った。
「そんな顔しないで。可愛くて食べちゃいたくなる」
「たっ!?」
からかわれている。翻弄されている。
悔しくて腕を引こうとしたが、ガッチリと痛くないぐらいの強さで掴まれていた。俺を傷つけない絶妙な加減で、その気遣いがむず痒かった。
俺の抵抗なんてものともせず、見せつけるように何度も唇で触れる。反応を楽しんでいるみたいだった。そして、まんまと相手の望む行動をとってしまう。顔が熱い。こんなのは俺じゃない。
「世名ちゃん、俺にこういうことされて嫌じゃないでしょ」
「調子に乗るな」
「調子に乗るよ。だって顔真っ赤」
「これは怒りで」
「ふーん。怒ってそんなに可愛い顔をしてくれるなら、いくらでも怒ってほしいな」
「可愛いって言うな。変態っ」
「それはそれは、褒め言葉だね」
「馬鹿か」
頭のおかしさの次元が違うから、逆に怖いと思わないのかもしれない。絶対にそうだ。気を許しているとは認めたくなかった。
「とにかく俺は言ったからな。後はどうなろうと自己責任だ。で、でも喧嘩とか危ないことはするなよ」
俺が桜田先輩を止められれば、それが一番良かった。でもここまできたら、火に油を注ぐ結果になりそうだ。俺が間に入ったところで、止まる段階ではない。
「世名ちゃんは優しいね。心配してくれるんだ」
「ち、違う。俺はただ、桜田先輩が怪我をしたら大会で勝てないし、弓道部も困るから」
とろけそうな顔を向けてくるから、俺は言い訳がましく呟いた。その理由も多少はあるけど、本心ではなかった。
「素直じゃないのは分かっているけど、こういう時に他の男の名前を出しちゃ駄目だよ」
……あ、寂しそうな目をした。
「……千堂も心配だ」
このまま突っぱねることも出来たけど、俺は心配している気持ちを素直に伝えた。
こう言ったら、どうせ喜んでべらべらとうるさくなる。調子に乗らせないために、言わない方が良かったか。
騒がしくなるのを覚悟したが、不思議と静かだった。いつ爆発するんだろう。もしかして聞こえていなかったのかと千堂を見る。
「なんだよ。顔が真っ赤じゃないか」
比較したわけじゃなくても、俺より顔が真っ赤になっていた。指摘をすると自覚があったのか、もう片方の手で顔を隠す。
「不意打ちは良くないよ。びっくりした。……デレなんて珍しいから、攻撃力高すぎる。俺を殺す気?」
「もう人のことからかえないな」
なんだ、そういう反応も出来るんじゃないか。そっちの方が、まだ好感が持てる。
いつもやり込められている仕返しに、不必要にからかいたくなる。
「世名ちゃん悪い顔してる。その顔も可愛いけど、この状況は俺にとって分が悪いな。こら、見ようとしない」
「いいじゃないか。顔を見せろ」
「だーめ」
もっと顔をよく見たいのに、精一杯そらしてしまう千堂は、早口でまくしたてて俺の手を離す。そして背を向け、軽く手を振った。
「忠告通り、部長さんには気をつけるよ。ありがとうね。世名ちゃんも危機感を持つんだよ」
言いたいことだけ言うと、俺が何かを言う前にさっさと歩いていく。
その後ろ姿を見ながら、本当に大丈夫なんだろうかと不安な気持ちが膨らんだ。でも、引き止めはしなかった。なんだかんだいって、上手くやるだろうと思った。
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