第17話 桜田先輩の怒り




 千堂と一緒にいるようになって、ほとんどの人は受け入れたけど例外がいた。

 それは、もちろん桜田先輩だった。

 俺も覚悟はしていたつもりだったけど、それ以上に彼の怒りは凄まじかったのだ。





「市居、どういうことなんだ」


 部活後、一人で残るように言われた。その時から、たぶん千堂の話だろうと察していたが、まさかいきなり詰め寄られるとは。前もあったのだから、今回もだと考えるべきだったか。それぐらい、心配されているということでもあった。


「どういうこととは?」


「ごまかさないでくれ。あの男のことだ。2人の話を聞いた時、俺がどれだけ驚いたか分かるか。そして、どれだけ悲しかったか。何かあればすぐに相談してくれる。そう思っていたのに」


「……すみません」


「それは、どういう謝罪なんだ?」


 眼光鋭く睨まれ、ただただ小さくなる。失望されたくなかったのに、させてしまった。

 でも助けを求められる状況でもない。今回は本当に脅されているのだから。


「でも、桜田先輩が心配することではないですよ。前にも説明しましたが、脅迫されて一緒にいるわけではないですから。話してみたら意外に良い奴で……だから、桜田先輩の手を煩わせることは何もありません」


 桜田先輩に助けてもらうつもりは、一ミリもない。煩わせたくないというのもあるが、この件に関しては頼りなさもあるからだ。

 どうしてだか、千堂が絡むといつもの冷静さが無くなる。俺の話を聞いてくれず、突っ走った行動までとってしまう。

 こんなことを考えるのは申し訳ないけど、桜田先輩が介入すると、さらに大きく混乱しそうだった。拗れてしまえば、元に戻すのが難しくなる。

 それを考えれば、手を借りるのは遠慮するべきだ。


「俺は、市居に関することで煩わしさなんて感じない」


「ありがとうございます。でも、本当に平気ですから」


 諦めてもらいたくて、いつもより冷たい態度をとった。良心がチクチクと痛む。

 でもはっきり言わないと、分かってくれない気がした。


 俺の言葉に、険しい表情で黙り込む。

 このまま受け入れてほしい。そんな俺の願いとは裏腹に、桜田先輩は距離を近づけてきた。


「桜田先輩?」


「……あいつが関わるようになってから、市居はおかしくなった。あいつのせいだ。早く正しいところに戻すべきだ」


「あ、あの」


 初めて怖いと思った。話が通じない。そして、良くない方向に一人で納得している。

 怖くて、でも黙っているのは駄目だと声をかけた。相手の耳に全く届いていない。

 ブツブツと聞こえない大きさで呟いていたかと思えば、突然手首を掴まれる。

 加減のない強さに、痛みが走った。


「っ、い、たいですっ」


 止めてほしくて訴えたが、力を緩めてくれない。むしろ、どんどん強くなっていく。


「桜田先輩っ」


「市居……俺は、市居が好きだ。だから守りたい」


「!?」


 その言葉の意味を、何故かすぐに理解した。分からないままでいたかったのに、こういう時に限って頭の回転が早い。

 俺はハクハクと口を開くが、言葉が出て来なかった。何を言えばいいか分からない。ただ衝撃だった。


「……市居も俺と同じ気持ちだろう」


「へ」


「俺達は想い合っている。そうだろう?」


 これ以上の衝撃はないと思っていたのに、それを軽々と飛び越える言葉が出た。俺の頭の中ははてなマークで埋め尽くされて、間抜けにも桜田先輩の顔を見返した。

 それを相手がどう受けとったのか、桜田先輩は微笑んで俺の頬にキスしてくる。柔らかい唇の感触。でも喜ぶわけもなく、全身に鳥肌が立った。


「何するんですかっ」


 先ほどから意味不明なことばかりだ。どうして、俺と桜田先輩が想い合っていることになっているんだろう。理解が追いつかなくなってきた。

 それなのに彼は、俺のことを置いてけぼりにする。自分のことしか考えていないからだ。俺を全く見ていない。


 今も恍惚とした表情で、俺の頬に手を添えてきた。もう一度キスをする気だ。

 その気配があったから、反射的に顔を思い切りそらした。キスをされるのはよけられたけど、彼の機嫌を損ねた。


「どうして、さける」


 一言一言区切るように、低い声で尋ねてくる。俺からするとさけるのは当然のことなのに、彼にとっては違う。


「俺は、桜田先輩と恋人じゃ、ありません」


 つかえながらも、なんとか必死に伝えた。でも顔を見て後悔した。


「何を言っているんだ。俺と市居は恋人だ。どうして、そんな嘘をつく」


 話が通じないとしても、これまでで一番の恐怖だった。彼が言っている意味の半分も理解出来ない。しようとしても、頭が拒否していた。

 もしかして俺の知らない間に、桜田先輩に告白されて付き合ったのだろうかとも考えたけど、どんなに記憶を掘り起こしてみても、そんな事実はなかった。完全に彼の妄想だ。


「ああ。やっぱり、あいつに毒されたんだな。そうに違いない。そうじゃなかったら、あんなに素直だった市居が俺を拒絶するはずがない」


 またブツブツと呟き出した桜田先輩は、また何か結論を出したようで口角を上げる。


「大丈夫だ、市居。俺がなんとかするから」


 全く安心できるはずがなかった。





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