第16話 おもちゃの日々




 千堂が何を考えているのか分からない。

 おもちゃにすると言われたから、酷いことをされるかと思っていた。パシリとかにされる心配もした。

 でもそんな感じじゃなかった。


「せーなちゃん」


「せ、千堂」


「一緒に行こう」


「ああ」


 虐げられる生活ではなく、普通の友人みたいだった。表面上は。

 でも、ただの友人という関係ではない。そんなものじゃなかった。


「今日も、お昼はあそこに行こう」


「……」


「あれ、聞こえなかったのかな」


「わ、分かった。いつも通り行けばいいんだろう」


 逆らえばどうなるのか、身をもって知っている。友人のような気安さに、大丈夫なんじゃないかと反抗してしまった。

 その時のことは、忘れたくても忘れられない。あんな千堂を、もう二度と見たくない。


「いい子だね。世名ちゃん」


 また名前呼びが復活したけど、嬉しさは半減していた。むしろ、俺の事実を突きつけられているみたいで、居心地の悪さしかなかった。


 するりと自然と腰に手が回された。そして、腹の辺りに触れられる。最初に触られた時は驚いたけど、もう何回もされているから少しは慣れた。いや、嘘だ。全然慣れていない。

 手が置かれたところから、ゾワっとしたものが広がっていく。


「不思議だよね」


 またくっつくようになった俺達を、周りは何故かすんなりと受け入れた。もしかしたら、千堂が何か言ったのかもしれない。何を言ったのかは考えたくないが。


 不思議だと俺の腹を撫で続ける千堂に、振り払うことも出来ずに我慢する。それをいいことに手は止まらない。


「おまっ!」


「しっ。大きな声を出したら、みんなが不思議に思うよ。目立ちたくないんでしょ」


「っ」


 さすがに注意しようとしたが、先回りされて声を出せなくなった。

 でも大人しくはしていられなくて睨めば、

 千堂は嬉しそうに笑った。


「世名ちゃんは、そういう顔をしているのが可愛いよ」


「悪趣味」


「かもね」


 俺が何を言っても響いていない。鼻歌を奏でるぐらいで、怒られるのが楽しくてたまらないようだ。悪趣味以外の何ものでもなかった。


「ま。これ以上やったら本気で怒られそうだから、とりあえずは止めておくよ」


 千堂は引き際の見極めが上手い。俺が怒る一歩手前で、パッとからかうのを止めるのだ。だから俺も怒れなくて、消化不良のまま終わる。

 今も怒ろうとしたところで、離れられたから何も言えなかった。


「……あんまりふざけていると、俺も考えがあるからな」


「考え? それは怖いな」


 考えなんて本当はなかったけど、言っておかないと調子に乗る気がした。だから釘をさしてみたが、あまり効果はなかった。


「まあ、とりあえず俺と一緒にいてくれるなら、どんな考えでも受け入れるよ」


 ひょうひょうとした様子に俺はため息を吐いて、千堂から軽く距離をおいた。


「……先に行く」


「待ってよ。置いてかないで。行く場所は一緒でしょ」


 面倒くさくなって、もう話す気力も無くなり早足で千堂を置いていこうとする。でも後ろから、追いかけてくる足音が聞こえてくる。

 わざとらしく立てているのがムカついた。


 俺はストレスを感じて、親指の爪を噛んだ。血の味がするまで強く。





 昼休みは、憂鬱な時間だ。

 千堂と2人きり、ご飯を食べるだけなら我慢出来る。でも、憂鬱なのはその後だ。


「ほら、世名ちゃん。おいで。まだ言わないと駄目なの?」


「……分かっているって」


 時間稼ぎしようとしても、全然通用しない。俺はグッと我慢しながらも、両手を広げる千堂に近づいた。


「ん、いい子」


 その腕に飛び込んだ途端、頭を撫でてくる。手つきは優しい。でも安心出来るわけがなかった。

 抱っこされた状態で、俺は千堂の顔を見ないように相手の肩に埋まる。

 どうしてこんなことに。高校生の男が抱きしめ合っているなんて、人に見られたら何も言い訳出来ない。明日から噂の的になる。

 想像したら、ため息が出た。


「どうしたの、ため息なんか吐いて。俺とこうするの嫌?」


「いいと思っているのか」


「思ってくれるといいなって、俺は思っているよ」


 抱きしめたまま千堂は笑った。振動で分かる。笑いながら、さらに俺の腰の辺りをするりと撫でた。


「やめっ」


「止めていいの?」


 欲を感じさせるような触れ方に、俺は胸を押したが、千堂と視線が合って下ろすしかなかった。


「……こんなことをして、何が楽しいんだ。俺は男だぞ」


「楽しいに決まってるでしょ。世名ちゃんの屈辱的な顔が見られるから。それに……」


「それに?」


「なんでもない。早く慣れてよ。まだまだ飽きるつもりはないからさ」


 腰の辺りを撫でていた手が、前に移動する。腹に置かれたそれは、確かめるように軽く押してきた。


「本当に凄いよね。今でも信じられないよ」


「お前の見間違いだったんじゃないか」


「それはないね。ちゃんと確かめたんだから」


「……確かめたって」


「まあ、世名ちゃん倒れてたから。好きに出来たよね。はは」


 へらへらと笑う顔を、思い切り殴れたらどんなにいいか。不穏な気配でも察知したのか、腹を押す力が強くなる。


「お前なんか嫌いだ」


「俺は大好きだよ。面白いから」


 そういうところが嫌いだった。



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