第15話 とんでもない状況
千堂と仲良くなれるかもしれない。そう思っていたのに。
俺は信じられないまま、相手の顔を見る。読み取れる感情は、まったく好意的なものじゃなかった。あまりの冷たさに、話しかけるのをためらってしまう。
どうしてこんなことに。いくら考えても分からない。
ただはっきりとしているのは、千堂は俺の敵だということだ。
憂鬱に感じることなく学校に行けるなんて。
これも全て千堂のおかげである。機転を利かせて親に連絡をしてくれた。感謝しかない。
会ったらまっさきにお礼を言おうと、足取り軽く歩いていた。
だから、教室に行く前に千堂の姿を見つけた時は、なんて運がいいのだろうとテンションが上がった。
「千堂!」
その背中に向かって呼びかける。ゆっくりとこちらを振り返った千堂は、俺を視界に入れると顔をしかめた。
どうして、そんな顔をするんだろう。俺は怯みかけたが、お礼を言うのだと思い直した。
「あ、あのさ」
「……着いてきて」
「へっ? あっ、おい、ちょっと!」
説明もせず、スタスタと先を歩いていく。俺はその後を慌ててついていくが、頭の中は疑問でいっぱいだった。
冷たい視線。昨日とは違う。急にどうしたんだろう。
嫌な予感がじわりと出てくるけど、気のせいだと自分を励ました。
千堂が連れてきた先は、前まで2人で過ごしていた裏庭だった。朝早くなのもあって、人っ子一人いない。気配すらない。話をするにはうってつけだ。
「あ。千堂」
「あのさ」
お礼を言おうとしたのに遮られてしまう。俺はそれで話せなくなってしまった。
言葉を遮ってまで、何を話したいのか。千堂の言葉を待つ。
「それ、誰が知ってるの?」
「それ……?」
「痔なんて嘘だったじゃん。生理なんでしょ、それ」
「!?」
言葉を理解出来なかった。今、なんと言った。生理と言ったのか。嘘だろう。俺は自分の耳が信じられなくて、千堂を見たまま固まる。
「だんまり?」
「せ、いりって……何言ってるんだ。俺、男だぞ」
この言い方じゃ、子供だって騙されない。現に千堂も馬鹿にしたように笑っている。
「嘘をつくなら、もっと上手くついた方がいいよ」
「は、はは。冗談は止めろって。昨日は迷惑をかけたけど、だからって嫌がらせすることないだろ」
冷や汗が止まらない。俺はなんとかごまかそうとするが、余計に空回りしている。
「何を言ったって無駄だよ。もう全部知ってるから。見たんだ」
「……見たって」
体を見たというのか。俺の体を。
立っていられないぐらいの衝撃で、後ろによろける。
だから、また冷たくなったのか。俺が気持ち悪いから。俺の体が人と違うから。
「体調不良の理由が生理だなんて、痔以上に誰にも知られたくないね」
「……何が言いたい」
嫌な予感は、かなり大きくなっていた。千堂の言葉を聞きたくない。話を続けさせたら駄目だ。邪魔をしようと口を挟もうとしたが、相手の方が早かった。
「バラされたくなかったらさ、俺の言うこと聞いてよ」
「は……」
これは脅されているのか。脅されている。
呼吸が止まる。俺は信じられなくて、また千堂の顔を見つめた。見返す視線は強い。強い感情は、俺をどうしようと考えているのだろう。まったく読めない。
「聞いてる? まさかバラされたいの?」
本当に言う気なら、俺の知っている千堂じゃない。こんなに酷いことをする人じゃないと、そう信じていたのに。思い違いだった。
「俺は……どうすれば、いいんだ?」
これは、認めたも同然だ。
千堂を見ていられなくて視線をそらす。そうすれば、くくっと笑い声をあげた。その笑い方は、俺をどこまでも馬鹿にしていた。
「そうだなあ。それじゃあ、俺のおもちゃになってよ」
「はっ? ふざけるな」
「いいの? そんな態度をとって。いつでもバラしていいんだよ」
「……」
「それでどうする?」
俺に選択肢なんかない。
「……分かった。おもちゃにでも、なんでも勝手になればいいんだろう」
頷くしかなかった俺に対して、千堂はこちらに楽しそうに近づいてきた。そしてあごに指をかけて、無理やり上に向かせる。
「ははっ、いいね。その顔、その顔が見たかったんだ」
歪んだ笑みだった。思いきり顔を近づけられ、吐息がすぐ近くに感じられた。
「もっと絶望して。俺を憎んで。俺に怒りを向けて。全ての感情を俺に向けてよ」
その瞳には、恐怖で怯えている俺の姿がうつっていた。怖がっている俺を、千堂は楽しそうに眺める。隅から隅まで。じっくりと観察する。
絶望しろという言葉は、本気で望んでいるみたいだった。どうしてそんなことを言うんだろう。
「俺が満足している間は、体のことバラさないであげるよ。でも、ちょっとでも面白くないことをしたり、俺が飽きたりしたら……分かるよね」
脅されたことが悲しかった。俺の体のことを利用して、俺を好き勝手に動かそうとしている。そして飽きたら捨てるのだ。確かにおもちゃだった。
「……分かった」
どうしてこんなことに。あの時、千堂に会わなければ。別の関係性を築けたんじゃないか。後悔しても、もう遅い。
悲しみで胸が痛む俺は、同じ感情が千堂の目にもある気がした。絶対に気のせいだけど。
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