第14話 不調で




「ちょっと待って。話をしよう。そう言ってたよね」


「えっと」


 どうして今なんだ。今じゃなければ、いつでも構わなかった。でも今だけは、何がどうしようと話している場合じゃない。


「い、まは都合が悪いから。後でも、いいか?」


「もしかして、この間冷たくした仕返し? そんな幼稚なことをしないと思ったけど、そこまで怒らせちゃったの? 謝るから」


 俺の体調に気づいていないのか、手首を掴んだまま離そうとしない。

 怒っているわけじゃない。そう言いたいけど、気持ちが悪くなってきた。


「どいてくれ……きもち、わるい……」


「は?」


 駄目だ。上手く立っていられない。

 千堂を押しのけようとしたけど、力が入らなかった。


「……かまわないでくれ」


 限界を迎えて、視界が暗くなっていく。そのまま、体が前に倒れていくのを止められなかった。

 誰かが叫ぶ声。体を支える手を感じた。

 たぶん千堂だろうけど、確信は無い。






 目が覚めると見知った天井だった。

 俺はぼんやりと眺めて、そして意味を理解した途端に飛び起きた。


「どうしてここに?」


 安心出来るはずなのに、今は違った。

 心臓がどくどくと嫌な音を立てて騒ぐ。


 何故? 疑問が駆け巡る。

 どうして俺は自分の部屋にいるんだ。倒れる前の記憶を思い出す。

 生理がきたのにナプキンがなくて、緊急事態だから帰ろうとした。

 でも途中で千堂に会って……


「俺、倒れたんだよな?」


 ストレスやなにやらが溜まっていたせいで、体に負担がかかっていたらしい。そんな中、あそこで限界を迎えた。そして、千堂の目の前で倒れたのだ。


 思い出して血の気が引く。

 俺が倒れた後は、どうなったんだろう。

 もしかして、また血が漏れたんじゃないか。保健室で体を見られたんじゃないか。バレたかもしれない。


「うっ」


 気持ち悪くて口を押さえた。吐くまではいかなかったけど、どんどん体温が奪われていく感じがする。

 最悪だ。こんなことなら、大事になったとしても親に連絡をして助けを求めれば良かった。そうすればバレなかったのに。


 もう学校には行けない。

 今頃は、俺の体に関する話が広まっていることだろう。珍しい話だから、それこそ学校中に。行ったら、化け物か珍獣扱いをされそうだ。


 さらに噂を広げられる前に、どこかに逃げなくては。でもどこに?

 今の時代、どこに行っても完璧には逃げられない。どんなに遠くへ行ったとしても、噂は付きまとってくる。

 もう終わりだ。絶望して、手で顔を覆う。


「……世名? 起きたの?」


 そのまま動かずにいたら、扉がノックされた。そして母の声が聞こえてきたので、入ってもいいと許可を出した。心配かけないために手を外す。


「体はもう平気?」


「……うん」


「それなら良かった」


 お盆を持って入ってきた母は、俺のために用意してくれたらしいホットココアを渡してくれる。

 温かい。ほっと息を吐いて、その温かさを手全体で感じた。一口飲めば、甘さに中からじんわりとしてきた。


「母さん……ごめん」


 せっかく今まで隠してきたのに、その努力が台無しになってしまった。俺の浅はかな行動のせいで。

 泣きそうになりながら謝ると、そっと背中を優しく撫でられる。


「謝らなくていいのよ。倒れたって聞いて驚いたけど、世名は無事だったんだから。あ、でも体調が悪いのを言わなかったのは反省しなさい。お父さんも、とても心配していたから」


「うん……あのさ、生理のことなんだけど」


「新井先生に聞いたわ。ストレスが原因だろうって」


 ここで疑問が湧いた。

 まっさきにバレたことについて話をされると覚悟していたのに、どこか話が噛み合わない。まるで、バレた事実を知らないみたいだ。

 まさかそんなわけない。そう思いながらも、おそるおそる尋ねる。


「あ、のさ。体のこと、みんなにバレたんじゃ……」


「え?」


 俺の質問が予想外だったみたいに、母は目を見開く。そしてすぐに笑った。


「だから、そんなに死にそうな顔をしていたのね。大丈夫よ。知られてないから」


「でもっ」


「千堂君って子が、私に連絡してくれたのよ。世名が倒れたって。だから学校まで迎えに来て、家に連れて帰ったのは私よ」


「そうだったんだ」


 母が大丈夫と言うのなら、本当にまだ知られていないんだ。俺は安心した。怖かったせいで手が震えている。でも、段々と落ち着いてきた。


「今まで聞いたこと無かったけど、千堂君って友達なの?」


「えーっと」


 友達なんだろうか。

 助けてくれたのは事実だ。でも、ちゃんと話をしたわけじゃない。答えに詰まっていると呆れられた。


「はっきりしないわね、もう。礼儀正しくて、とてもいい子じゃない。ちゃんとお礼を言いなさいね」


「分かった……」


 母の前では猫を被っていたらしい。まあ、年上に礼儀正しく接するのは普通か。

 それにしても、千堂が助けてくれた。言われた通り、ちゃんとお礼を言おう。

 倒れる前に向こうも話したがっていたから、冷たく切り捨てられることはないはずだ。


 俺からすれば、絶望的な状況を救ってくれたヒーローだ。もっと仲良くしよう。

 千堂のことを思いながら、またココアを飲む。初めよりも、不思議と甘い気がした。



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