第13話 チャレンジ




「せ、千堂」


「……」


「ちょっと話をしてもいいか。ちょっとだけでいいから」


「はあ……なに?」


 どうして俺はこんなことをしているんだ。素っ気ない千堂を前にして、途方に暮れていた。




 先生と話をしたおかげで、何をするか心に決まった。

 もう一度、千堂と話をしたい。どういう結末になるとしても、今のままだとモヤモヤが残っている。だから場を設けようと、勇気を振り絞って教室で話しかけた。

 でも返ってきたのは、冷たい視線だけだった。そんな視線を向けられたことがなくて、俺は戸惑うと同時に胸が痛む。思わず、服の上から胸を掴んだ。千堂はさらに面倒くさそうに、ため息まで吐いてきた。


「別に俺は話すことないけど」


「ちょっとだけでいいんだ」


「何?」


「ここじゃなくて、2人で話がしたい」


 また、ため息を吐かれた。俺は立った状態で、千堂を見下ろす。それなのに、自分の立ち位置がとても低いように感じた。逆に見下ろされている気分だった。


「2人きりになろうって、この前やったやり取りを忘れたの? 俺が付きまとっていると思われたら、市居いちいの先輩に何されるか分からないでしょ。それとも、わざと?」


「……いま」


 市居って呼んだことに、とてつもない衝撃を受けた。あんなに何度も言って止めなかったくせに、どうして今はあっさりと名字で呼ぶんだ。まるで、他人みたいじゃないか。千堂にとっては、もう俺は他人なのか。どうして名前を呼んでくれないんだ。


「俺は話がないから、こうやって嫌がらせするのも止めてくれるかな。もう関わりたくないって言ったのは、そっちだろ。それなのに話しかけてくるなんて、どういう神経しているの? ムカつくんだけど」


 あまりの衝撃に、何も言葉が出てこなかった。立ち尽くしていたら、俺に興味が無いとばかりに千堂がどこかへ行ってしまう。

 吐き捨てられたセリフに、自業自得だと後悔するしかなかった。


 俺達のやり取りを、周りにいた人は聞いていたらしく、完全に仲違いしたとそう噂が駆け巡った。そしてその通りなので、千堂は否定しなかった。俺も、誰かに聞かれてもごまかすことしか出来なかった。




 千堂との話が上手くいかなかったせいで、体調は最悪を更新した。

 恐れていたのは体に起こる変化だったのだが、やはり心配していたことが現実になった。


「……さいあく」


 俺はトイレに座り、頭を抱えた。

 月に一度、変わらない周期で来ていた生理が、ここに来て狂った。

 予定日はまだ先だったはずなのに、どろりという感覚があって、慌ててトイレに来てみたら血が出てきた。

 ずっとお腹が重かったせいで、予兆も感じられなかった。それがこんな事態に陥らせた。


「……どうしよう」


 腹が痛いのも嫌だけど、それ以上に最悪なのはナプキンを持ってきていないことだった。

 いつもだったら、どんな時でも使えるように持っているのに、最近のゴタゴタですっかり忘れていたのだ。まだ来る時期じゃないと、油断していたのもある。完全に気の緩みが原因だった。

 まだ幸いなのは、血の量がそこまで多くないことだ。でも普通にしていたら、絶対に服にしみてしまう。


 どうしよう。絶望した気持ちで、俺はトイレに座ったまま動けずにいた。

 保健室で借りられるわけがないし、女子なんてもってのほかだ。親に連絡とも思ったけど、大事にはしたくない。


 応急処置をして、先生に体調不良だから早退したいと告げ、一直線に家に帰ろう。

 頭の中でシミュレーションをすれば、上手くいきそうな気がしてきた。

 家に帰るんだ。目標を立てて、俺はトイレットペーパーを長く取り出し、丁寧に折りたたむ。そして分厚くすると、それをナプキン代わりにした。

 心もとなさすぎるが、これ以外に方法はない。時間稼ぎだから、帰るまでに持てばいい。


 もう一度シミュレーションをして、どう動くべきか確認するとトイレから出た。

 まずは職員室だ。そこに行けば、もし担任がいなかったとしても、他の先生に伝言をしてもらえる。

 伝えた後は、荷物を諦めて帰る。教室に取りに戻っている時間が惜しい。誰かに持ってきてもらうなり、後からどうにでも出来るから大丈夫だ。


 痛みをまぎらわせるために、自分が次にする行動を考えながら歩いていた。そうでもしないと、もう叫び出したくなる。なんで俺がこんな目に。当たり散らしたい気分だ。

 でもそんなことをしても、体力を消耗するだけ。

 大人しく、余計に血が出ないように、力を込めながら歩く。


 ふと、人の気配がして立ち止まる。

 知らない人であってくれ。知り合いだったら無視出来ない。そうなったら、かなり追い詰められた状況になる。


 祈りながら、気配がした方を見た。そして、この世に神はいないと悟った。


「……千堂」


 そこに立っていたのは千堂だった。じっとこちらを見つめている。

 この前みたいな冷たい雰囲気がないのを喜びたいのに、タイミングが良くない。


 俺はとりあえず軽く頭を下げて、脇を通り抜けようとした。でも上手くいくはずもなく、手首を掴まれて引き止められる。




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