第11話 先輩と誤解と
桜田先輩は、正義感が強いから心配してくれる。
でも話を聞いてくれず、一方的に決めつけるのは困った。前に千堂について、大げさに言いすぎたのかもしれない。
その点に関しては、俺の責任だ。きちんと誤解だと分かってもらおう。
「桜田先輩。本当に脅されているわけじゃないんです。心配しているようなことはされていません。気にかけてもらって嬉しいですが、何もしなくても大丈夫ですよ」
目を合わせてはっきりと言えば、俺が嘘を言っていないと分かるはずだ。伝わってくれ、そう意識して話しかけた。
「しかし……市居は顔色が悪い時がよくある。それは脅されていて、怯えているせいじゃないか?」
「ち、違います」
いや、最初のきっかけを考えると、全くの無関係というわけじゃないか。一瞬の俺の考えを読み取ったみたいに、桜田先輩が詰め寄ってきた。
真剣なまなざし。呼吸を感じられるぐらいの距離。
近い。かなり近すぎる。動くとぶつかってしまいそうで、俺はガッチリと固まる。
「市居」
近すぎるせいか、桜田先輩の声に甘さが含まれているように聞こえた。絶対に思い違いだけど、それでも緊張してしまう。
キスされるんじゃないか。ありえない心配をする。
「さ、桜田先輩」
「ん?」
助けを求めるように、俺は名前を呼ぶ。桜田先輩は優しい目をして、ゆっくりと首を傾げた。
俺、恋人じゃないよな。そんな疑問が湧くぐらい、雰囲気が甘すぎた。
「あ。あの」
何を言おうとしたのか。たぶん、そんなに重要な言葉じゃない。
それは、口から言葉が出る前に飲み込まれることとなった。
「……ねえ、何してるの?」
神出鬼没。そんな言葉も頭に浮かんだが、多くを占めたのは驚きだった。
「せ、千堂!?」
俺は声のした方を見る。そこには千堂が立っていた。
目を極限まで開き、まばたきを一切していない。遠いから確認できないけど、たぶん瞳孔が開いていそうだ。それぐらいの危うさが、全身から漂っていた。
「よっ。いないから探したよ」
ひらひらと手を振っている。でも今までで一番怒りを感じた。この前の比じゃない。
「それで……何してるの?」
落ちるんじゃないかというぐらい、首を横に傾けて尋ねてくる。手を出してきそうな気配があるのに、その場から動かないのが得体の知れない恐ろしさの原因となっていた。
「お前か」
俺が何かを言う前に、千堂の顔が見えなくなった。俺達の間に人が立ち塞がったせいだ。もちろん、それは桜田先輩だった。
「市居を困らせている元凶だな」
俺からは背中しか見えないけど、桜田先輩も凄く怒っている。怒気がにじみ出ていた。
「そういうあんたは、弓道部の部長さんじゃないですか。こんなところで何してるんですかね?」
「別にいいだろう」
「いやいや。良くないでしょ。あんな無理やり迫っているみたいな状況。そんなの見逃せないですよね」
「君に言われたくない」
「は?」
「市居が困っているのが分からないのか? 君がやっていることは暴力だ。自覚がないのだから最悪でしかない」
「む、かつくなあ」
相性が最悪だと考えていたけど、まさかここまでなんて。話し合っているけど、もはや喧嘩だった。それに巻き込まれているこちらからしたら、終わってくれと願うしかない。
いや、俺も当事者か。むしろ俺の責任だ。自分には関係ないという体をとるべきじゃない。
「ただ部活が一緒なぐらいで、首を突っ込むのは止めてくれます?」
「そういう君こそ、ただのクラスメイトだ」
「は? 友達ですけど」
「それにしては嫌がられている。分かっていないのか?」
「あ?」
聞いている感じだと、大人な対応で煽っている桜田先輩に、千堂は煽られて怒りを大きくさせているみたいだ。千堂の分が悪いと思った。
「今までは市居に止められていたから黙っていたが、ここではっきりさせておくべきだな。市居にもう近づくのは止めろ。自分の存在が害だと気づき、諦めて姿を消せ」
何か言わなくてはと思うのに、動くことも声を出すことも出来ない。
違う、駄目だ。でも困らされていたのは事実だった。桜田先輩の厚意を無下にするのもどうなんだと迷ってしまった。
「……世名ちゃんもそう思っているんだ」
「え、と」
「そっかそっか。ツンデレで素直になれないだけかなって思っていたけど、俺の存在は迷惑でしかなかったんだ。……ごめんね、気づかなくて」
「せ、せんどう」
「お望み通り、関わらなければいいんだよね。分かった。もう付きまとったりしない」
弱々しい声で、俺が口を挟む隙がないまま勝手に結論を出す。
待ってほしい、もう少し落ち着いて話をしてから。そう言おうとしたが、先に桜田先輩が話し始めてしまった。
「そうしてくれ。もし今後、市居に害のある行動をとったのを確認した場合は……容赦しないからな」
「はいはい。分かりましたよ。それじゃあ邪魔者は退散しますね。……今までありがとうね。世名ちゃん」
「お、おい」
桜田先輩の後ろからずれて、千堂の姿を視界に入れた。その後ろ姿が寂しげで、思わず手を伸ばす。
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