第10話 2人の時間




 自分で言った通り、千堂は二人きりになると驚くほど静かだった。

 うるさかったら、それを理由に終わらせるつもりだったのに、俺にとっては誤算だ。たぶん思考を読まれていた。


 千堂と桜田先輩、天秤にかければどちらに傾くかなんて愚問だけど、俺は泣く泣く後者の時間を減らした。

 理由は迷惑をかけないためだ。千堂を選ばなかったら、絶対にうるさい。それこそ、いつか桜田先輩と会っている時に突撃してきそうだ。


 元々合わなそうな2人は、どう楽観的に考えようとしても喧嘩になる。もしも、本当にもしも怪我をすることなんかになったら……現実になったら嫌だから、考えるのはもう止める。


 桜田先輩には本当の事情を伝えず、忙しくなったから時間が取れないと説明した。

 疑われなかったけど、ものすごく残念そうな顔をしていて、良心が痛んで仕方なかった。でも身の安全のためだ。心を鬼にした。




「世名ちゃんが一緒にいてくれて、嬉しいなあ」


「ほぼ脅しだったくせに」


「そんなことないよ。世名ちゃんも、俺を受け入れてくれたでしょ」


「記憶を捏造するな」


 他の人に邪魔をされないために、俺達はあまり人気がない裏庭で過ごしていた。夏は暑くて、冬は寒い。虫が出ることもあるから、女子には特に不人気だ。そのおかげで、千堂といても周りに集まってこない。


「でも世名ちゃん、俺に対して随分と柔らかくなったじゃん。気を許してくれているってことでしょ。嬉しい」


 図星だった。2人だと静かだから、千堂との時間が絶対に嫌だとは思わなくなってきた。

 むしろ、意外にも話の趣味が合って、俺としては楽しい。完全に絆されている。良くないと警告する気持ちもあるけど、まあ大丈夫だろうと楽観視もしていた。


「まあ。静かにしているなら、話すぐらいはしてもいい」


「上から目線。でも好き」


「はいはい」


 千堂は、好きという言葉をかなり使ってくる。最初は驚いたけど、どうせ冗談だから軽く返事をしている。それに対して不満そうだが、だったらもっと真剣に言ってみろという話だ。


「俺の気持ちが、どうしたら世名ちゃんに伝わるのかな。……そういえば、最近体調はどうなの? あまり辛そうにしていないけど、無理してない?」


「無理はしてない。大丈夫だ」


「本当に?」


「ああ」


 生理の予定日は一週間後だから、本当だった。それに隠したところで、バレてしまいそうだ。千堂は目ざとい。

 気付かぬうちに腹を撫でてしまった。生理前で、もうすぐ体調に変化が出る頃合だ。憂鬱でため息を吐く。


「大丈夫?」


 自然と手を重ねられた。驚いたせいで、振り払うのを忘れる。すぐに外せばいいのに、何故か手が動かなかった。


「世名ちゃん、手冷たいね。俺が温めてあげる」


「お、う……千堂の手は温かいな」


「俺、子供体温なんだ」


 確かに、ホッカイロかと思うぐらいに温かい。じんわりとした温もりと、人の手という安心感だろうが、離しがたかった。


「世名ちゃん、痛いの痛いの飛んでけしとく? 俺のめっちゃ効くよ」


「それじゃあ、してもらおうかな」


「へ」


 断られると期待していなかったらしく、間抜けな声を出した。それが面白くて笑いがこぼれる。


「あ、笑った」


「そりゃ、笑うだろう。俺をなんだと思ってるんだ」


「だって、俺の前じゃ笑わないでしょ」


「そうか?」


 自分の顔に手を当てる。こんなふうに自然と笑うのは、初めてのことかもしれない。


「なにニヤニヤしてんだよ」


「えー。嬉しいに決まってるでしょ。心を許してくれている証拠じゃない?」


「はっ?」


「あ、言わない方が良かったかな。だって言ったら、素直じゃない世名ちゃんは殻に閉じこもっちゃいそうだからね」


「……馬鹿にしてるんだろう」


「してないよ。信じて」


 嘘は言ってなさそうだ。俺は睨みながら黙る。


「あのさ、世名ちゃん。俺のことも頼ってね」


「……どうしたんだよ、急に」


「んー。なんだろうね」


 さっきから、おかしなことばかり言ってくる。でも嫌じゃなかった。結構絆されている。

 満足そうにしている千堂に、なんだか苛ついて肩を軽く殴っておいた。それでも笑っているのがムカついた。嫌いにはならないけど。






「市居、本当は脅されているんじゃないか?」


「え、えっと。桜田先輩……?」


 何故俺は、桜田先輩に壁ドンされているんだろう。この状況は千堂の時に体験した。だから多少慣れているけど、落ち着いていられるわけがなかった。

 近くで見る桜田先輩は格好いい。それは間違いない。でも、俺がこんな近くで見ていいものじゃないはずだ。もっと、可愛い女子とかがお似合いなのに。俺なんかが、と申し訳なくなる。


「あの……なにか誤解があるみたいで」


「誤解? でも、確かに2人でいるところを何度か見た。あんなに嫌がっていたのに、絶対におかしい。脅されているしか考えられない」


「いや。本当に、大丈夫で……」


「市居。俺に隠し事はしなくていいんだ」


 なんだろう。話が通じない。

 初めて、ほんの少し、本当にほんの少しだけ桜田先輩が面倒なのかもしれないと思ってしまった。





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