第8話 さらに絡んでくる




 桜田先輩との時間が良すぎて、教室に戻ると落差が酷かった。

 まず、千堂がうるさく出迎えてきた。


「世名ちゃん。どこに行ってたの。俺、めっちゃ探したんだけど」


「うるさい」


「うるさいって、心配したんだよ。もしかしたら誘拐されたのかもって。それか迷子なのかって」


「学校で迷子になるか。それに誘拐される理由もない」


 受け流すように答えていたら、いきなり手を掴まれた。しかも、かなり強い力でだ。


「っ。に、すんだ」


「ねえ、どこ行ってたの」


「そんなの関係」


「あるよ。俺達、友達なんだから」


 なんだこいつ。雰囲気がおかしい。

 色々と文句があるのに、千堂に得体の知れない恐怖を感じて言えなかった。


「……といれ」


「トイレ? 本当に?」


「ああ、誰も見つけないような、そんな場所をたくさん知っている」


「そっか。それならいいけど」


 信じていないような言い方だった。俺をじっと見つめて、そして瞳の中に嘘を探そうとしている。無心を意識していれば、パッと怖い空気を消して手を広げた。


「今度逃げたら、トイレをまっさきに探せばいいんだね」


「まず、逃げるような状況を作らないでくれ」


 良かった。これ以上長引けば、嘘だと気づかれたかもしれない。

 桜田先輩との時間は、絶対に邪魔されたくない。静かで安心出来るし、千堂と引き合わせたくもなかった。たぶん2人の相性は悪そうだ。


「分かった。ずっと一緒にいればいいんだね。離れなければ見失うこともないし」


「……俺の話、ちゃんと聞いてたか?」


「うんうん、そうだよね」


「……話を聞け」


 ずっとついてこられたら、部室に行けなくなる。一人で勝手に納得している千堂に、冷静になれと声をかけたが全く聞いている様子は無かった。

 桜田先輩との時間を確保するためには、今日以上に頑張らなければいけなさそうだ。勘弁してほしい。





「大丈夫か?」


「はぁっ……だい、じょぶ……です」


「全然大丈夫そうに見えないな」


 千堂はとてつもなくしつこかった。

 昼休みになった途端、一緒にご飯を食べようと近づいてきたので、俺は逃げるか迷ってとりあえずは留まった。

 くだらない話を一方的に話すのを聞きながら、俺はチャンスを窺っていた。そしてパンが残り少なくなった頃、トイレに行ってくると言って席を立った。


「俺も行く」


「絶対についてくるな」


 本当に行き先がトイレだったとしても、気持ち悪い提案だった。女子ならまだいいが、男が連れ立ってトイレに行くのはおかしい。俺は一刀両断に切り捨ててトイレに行った。

 済ませたふりをして廊下の様子をみたら、遠くで千堂が待ち構えている姿があった。ストーカーかと背筋に寒いものを感じながら、俺は撒く方法を用意していた。


 わざわざ一階のトイレを使ったのは、窓から外に出るためだ。先生に怒られないように、誰もいないのを確認してから逃げた。そして、千堂がトイレを確認していないのに気づく前にと、全速力で部室まで走ってきたのだ。鍛えているとはいえ、近い距離じゃない。たどり着いた時には、息もたえだえだった。


 先に来て待っていた桜田先輩は、勢いよく入ってきた俺に驚いていた。といっても、表情はほとんど動いていなかったけど。息を切らす俺にとって近寄り、呼吸が整うまで背中をさすってくれる。


「……すみません、お騒がせして。ちょっと面倒くさいのを撒くのに、手間どりまして」


 桜田先輩が渡してくれたお茶を飲み、軽く説明する。これだけで、俺がなぜ走ってきたのか察しがついたらしく、顔が険しくなった。


「それは大変だったな。昨日から思っていたが、かなりしつこい男のようだ」


「物珍しいだけですよ。でも、悩みの種です……早く飽きてくれればいいんですけど」


 深刻に聞こえないように、わざと明るくふるまったけど、上手くいかなかった。考えるほど気が重くなる。


「俺が注意するか?」


 無意識のため息が出ていた。そんな俺に見かねたのか、静かな声で聞いてくる。桜田先輩が言ってくれれば、千堂も付きまとうのを止めてくれるかもしれない。

 でもそれは駄目だ。俺の問題なのに巻き込めない。


「いえ。もう少しで自分で何とかしてみます。お気持ちだけで十分です」


「無理はするな。いつでも力になる」


「はい。ありがとうございます」


 手を貸してつもりはなくても、味方がいると分かっただけで十分だった。しかも俺が知っている中で、一番頼もしい。


「大事な市居のためだ。遠慮はするな」


 こんなに優しくしてもらえるのは、きっと俺だけじゃない。他の人を助ける時も、凄い力になってくれるはずだ。

 そうだと分かっていても、特別扱いされているようでドキドキする。恋愛的な意味ではなく、頼りになる先輩としてだ。


「あ、そうだ。お茶ありがとうございます」


 飲んだお茶を返そうとした時、俺は気がついた。ペットボトルのこれは、桜田先輩のものだ。口をつけてしまったのだから、そのまま返すのは良くない。新しいのを買って渡すべきである。

 俺は差し出したペットボトルを引っ込めた。


「どうした?」


 取ろうとしていたのに、俺の急な行動に首を傾げる。


「えっと、新しいお茶を買いますから、ちょっと待っていてください」


 自販機はすぐ近くにある。走っていけば、一分もかからない。そのまま行こうとした俺を、桜田先輩が手で制す。


「新しいのは必要ない」


「でも」


「もったいないことをしなくていい」


「あっ」


 ペットボトルを取られ、そして桜田先輩は止める間もなく口をつけてしまった。

 男だから回し飲みを気にすることはないのに、何故か目が離せなかった。



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