第6話 意図の読めない行動



 俺からはどうするつもりもなかった。相手が諦めてくれるまで、放置するつもりだった。


「ねーねー。世名ちゃーん」


「……あ?」


「顔こっわ。朝は機嫌悪いの?」


「うるさい奴に会ったせいでな」


「それって俺のこと?」


「他に誰がいる」


 とにかくしつこい。毎日、暇があれば話しかけてくる。初めは律儀に返していたけど、段々と面倒くさくなった。

 素っ気なくしているのに、全然気にしていないどころか、逆に嬉しそうだった。やっぱり被虐趣味があるのかもしれない。その趣味に付き合わされるのはごめんだった。


「えー、千堂君。市居君と仲いいの?」


「それならそうと言ってくれればいいのにー!」


「私達とも話そうよー!」


 千堂が話しかけてくるせいで、今までは遠巻きにしていた女子が話しかけてくるようになったのも、俺にとっては頭の痛い話だ。

 しかも奴の周りにいるのは、どちらかというと我の強いタイプが多い。だから遠慮なく話しかけてくる。俺と千堂、どちらを目当てにしているのかは考えたくなかった。どっちでもいい。付き合う気はないのだから。


 テンション高めに話しかけてくる女子は、邪険にしづらいから困る。冷たくすればいいだけだと分かっていても、女子には優しくしたい。

 毎月のように似たような痛みを感じているからこそ、彼女達を大事にしたかった。冷たく突き放さないせいで、さらにグイグイ来られる。悪循環だった。


「世名ちゃん、めっちゃ人気じゃん。でも、駄目だよ。世名ちゃんは俺と仲良くするんだから」


「お前とも仲良くするか」


「もう、世名ちゃんは素直じゃないんだから」


「素直になった結果だ」


「あははっ。千堂君、嫌がられてるんじゃん!」


 騒がしい。騒がしいのは好きじゃない。

 学校に行くのが憂鬱になった。全て千堂のせいだ。どうして俺に構うのか。もっと愛想が良くて、面白い人はいっぱいいる。わざわざ俺じゃなくてもいいのに。


 女子と楽しそうに戯れている千堂を眺める。付き合いやすくて人気があるとしても、俺にとっては面倒な存在でしかなかった。

 痔だという話は、あれから言ってこない。誰にも広めている感じはないから、秘密は守ってくれているらしい。そこは評価するけど、ここまで絡まれているのを考えたら、やっぱり苦手なのは変わらない。


 視線を感じたのか、千堂がこっちを見てきた。そしてヘラりと笑い、手を振ってくる。俺は振り返さずに、教室から出た。



「世名ちゃん、待ってよー」


 静かな場所に行きたくて教室から逃げたのに、その原因が追ってくる。

 走りながら近寄る気配を感じたから、俺は振り返らずに走った。相手にできるほど、今は元気がない。ストレスのある環境に、生理は終わったはずなのに腹が重い感覚があった。

 部活で鍛えている分、俺の方が体力もスピードもあるはず。全速力で、一気に弓道部の部室まで行くと、俺は中に入って鍵をかけた。自主練をすることがあるから、鍵を持っている。こういうことのために使いたくは無いけど、緊急事態だと言い訳をする。


「……あー、面倒くさい」


 置いてあるパイプ椅子に腰掛けると、俺は頭を抱えて呟いた。もはや教室は、安心出来る場所じゃなくなった。千堂に絡まれるせいで、大人しいタイプの友人から遠巻きにされていた。千堂がいる時には話しかけてこない。それもストレスになった。


「……つかれた」


 心の中で抱えていたことを口に出すと、一気に自覚する。自分が想像以上に疲弊していたことに。

 ストレスは体に良くない。それは分かっている。生理にも影響してくるだろう。分かってはいるけど、こんなことは初めてだからどう対処していいのか思いつかなかった。

 またため息を吐く。静かな場所が心地よくて、良くないとしてもずっとここにいたかった。


 これまで頑張ったから、今日だけは休ませてもらおう。自分を甘やかして、俺は背もたれに体重をかけた。油の切れた金属が軋む音が響く。それに構うことなく目を閉じた。


 でも外から人の近づく音が聞こえ、そのまま休めなかった。

 まさか千堂か。撒いたはずだったのに、失敗したのか。それとも、俺が弓道部なのは知っているから、ここに逃げたと推理されたのか。どちらもありえる。


 静かな時間もここまでか。鍵をかけているから入れないとしても、絶対に騒がしくする。その声が聞こえたら、休むどころじゃなかった。

 せっかくいい逃げ場所が見つかったと思ったのに、こんなにすぐに使えなくなるとは。俺はまた大きく息を吐く。


 どんどん近づく気配。こうなったら、ギリギリまでは休もう。そう考えて、椅子から動かずにいた。


 おかしいと思ったのは、千堂の声が聞こえることなく、気配が部室の扉の前まで来た時だった。俺が何度も止めろと言っている呼び方を、探しながら叫んでいると思っていた。でも、全くそんなことがない。


 もしかしたら違うのか。そう考えを改めようとした瞬間、ガチャリと音が鳴った。閉まっていたはずの鍵が、誰かによって開けられたのだ。一体誰が? 分かるわけない。


 そしてそのまま俺が身構える暇もなく、ゆっくりと部室の扉が開かれた。


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