第5話 危機一髪?
……今、なんて言った?
俺は耳に入った言葉が理解出来ず、首を傾げる。たぶん、何か違う言葉を聞き間違えたんだ。追い詰められていたせいで、耳がおかしくなっていた。そうに違いない。
混乱して黙った俺をどう思ったのか、千堂は同情するように肩に手を置いてきた。
「分かるよ。知られたくない気持ち。他の奴が聞いたら、面白がってからかうだろうし」
「えっと……今」
「俺は馬鹿にしたりしないからさ、正直に言ってくれていいよ。別に恥ずかしいことじゃないって、痔は」
聞き間違いじゃなかった。確かに痔と言った。
どういうことだ。どこでそうなった?
今度は驚いて何も言えないのをどう受けとったのか、わけ知り顔で話を続けた。
「だからたまに体調が悪くなったり、この前みたいに人のいないトイレに行ったりしていたんだよね」
「えっと」
「昨日は一番酷かったんでしょ。それで酷い顔色だったし、制服に染みちゃった。ああ、そういえば落とせた?」
「あ、うん……」
「良かったあ、心配してたんだよ」
「ありがとう?」
どんどん勘違いが加速している。俺はあいまいに頷いていたが、ちょっと待てよと考え直す。
このまま勘違いさせたままの方が、俺にとっても都合がいいんじゃないか。生理だとバレるより、痔だと思われた方がずっとマシだ。
誰かに広められたとしても、痛くも痒くもない。
「……じ、実はそうなんだ。恥ずかしくて、ずっと隠してた」
「やっぱりそうなんだ。そうだと思った」
「は、はは」
顔が引きつるけど、それでもなんとか話を合わせた。俺が気まずいからだと勝手に勘違いしてくれて、何も言わなくても良かった。
「信じられないかもしれないけど、本当に誰にも言わないって約束するから。もっと仲良くしてくれると嬉しいな」
「えーっと……」
正直な気持ちとしては、もう関わりたくない。困って視線をさ迷わせれば、千堂が笑う。
「めっちゃ嫌そうな顔してるじゃん。そんなに俺が嫌い?」
「嫌いっていうか、そういうわけじゃなくて」
「嫌いじゃないならいいよね。俺、世名ちゃんと本当に仲良くなりたいんだ。少しでもいいから、俺を嫌わないでくれれば嬉しい」
そんな下手に出られると、なにもされていなのに警戒している俺が悪いみたいだ。良心がチクチクと痛んで、気まずさから顔が見られない。
「……仲良くしなかったら、秘密をバラすとか」
「そんなこと言わないよ。脅したりなんかしないって」
信用はできなかった。でも、ここで遠ざけたら、それこそバラされそうだ。痔という話ならダメージを受けないとしても、好奇の目を向けられるのは避けるべきだ。そこから、本当のことを知られるかもしれない。
「……多少、仲良くするぐらいなら……」
「やった!」
喜んでいるところ悪いが、俺から仲良くする気はさらさらなかった。千堂も、物珍しいタイプだから気になるだけで、そのうち興味を無くす。
少しの間適当に相手にしておいて、飽きるまで我慢すればいい。
「よろしくね、世名ちゃん」
「仲良くしたいなら、そのふざけた呼び方を止めろ」
「えー。こっちの方が仲良く出来るのに」
頬を膨らませた千堂だけど、全く可愛くない。そんなことをしても、寒気がするだけだ。冷めた目で見れば、何故か嬉しそうに笑った。被虐趣味でもあるのか。
「俺のことも、響ちゃんって呼んでもいいんだよ」
「お断りだ」
男2人がちゃんづけで呼びあっていたら、それこそ変な噂を立てられそうだ。俺もかなりのダメージだけど、それは千堂だって同じだろう。
「世名ちゃんって真面目っていうか。硬派っていうか、結構人気あるのに誰かと付き合ったっていう話聞かないよね?」
そんなの、誰かと付き合えるわけがないからだ。今まで何度か告白はされてきた。可愛いと思う子や、仲が良かった子もいた。彼女達を嫌いじゃなかった。気持ちは受け入れたかった。
でも自分の体のことを思い出して、全部断った。話せば受け入れられたかもしれない。でも、気持ち悪いと言われる想像しか出来なかった。
だから、今まで誰かと付き合ったことはない。いつかは俺の体を理解して、それでも傍にいてくれる人と一緒になりたかった。確率はかなり低いだろうけど。
「そういう千堂は、色々な女子と付き合っているっていう話を聞くけど?」
「違う違う。みんな友達だよ、友達」
「へえ、トモダチね」
「全然信じてないでしょ」
「日頃の行いだ」
「ひどーい」
軽口の掛け合いは、そこまで嫌な感じじゃなかった。警戒していたよりも、千堂の軽薄さに慣れてきた。デフォルトからこんな感じで、別に俺を馬鹿にしていない。元々こういう性格なんだ。
やっぱり仲良くする気は無いけど、無視はせずに少しぐらいは相手してもいい。そんな上から目線で考えていることには気づかずに、千堂は嬉しそうに笑った。
この時、どんな噂を立てられても構わないから、千堂と関わるのを止めるべきだった。強く拒否すれば良かった。
後悔したところで、すでに手遅れだったが。
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