第2話 俺の秘密




 俺の体が他の人とは違うところ、それは両性具有だということだった。

 まれに、俺みたいに両方の性別を持って産まれてくる人はいるらしい。でも、そう簡単に受け入れられるものではなかった。俺が迫害されるんじゃないかと心配した両親は、隠すことを選んだ。親戚にすら話さなかったのは、どこから話が漏れるのか分からないと考えたからである。誰も信用しなかったのだ。


 それからは俺を診察した先生に助けられ、今までなんとかやってきた。

 でも中学生になって生理が始まった時、みんなが驚いた。両性具有だとしても、どちらか片方の性別に偏ることが多いらしい。俺は先に精通を終えていて、もう一つの方は使えないはずだった。それなのに生理が来てしまった。


 ずっと男だと思っていたのに、そんなことをすぐに受け入れられるはずがない。

 その時は荒れに荒れた。自分の体が嫌で、こんな体に産んだ親を恨んだ。あたったこともある。

 産まれてこなければ良かったと、そう言ってしまった。今は後悔しているけど、その時は本当に思っていたのだ。


 これも自分の体だ。付き合っていくしかない。そう気持ちを切り替えるまでに時間がかかったけど、なんとか落ち着いた。その時は、迷惑をかけた親に何度も謝った。

 混乱したせいだから仕方ないと笑ってくれたけど、絶対に大変だったはずだ。たぶん母は俺のいないところで、自分を責めて泣いていた。

 だからこそ、もう絶対にこんなことはしないと心に誓った。


 生理は、毎月時期にズレがあっても必ずくる。不定期よりもいいと先生には慰められたが、かなり症状が重いから憂鬱だった。鈍痛、イライラ、貧血、吐き気、酷い時はベッドから起き上がれない。

 ピルを処方してもらったこともあったけど、体に合わなかった。他の薬を試しても駄目だったので、両性具有だからこそかもしれない。


 酷い症状なのは初日だけだから、まだ我慢出来る。でも学校の日とかぶることが多くて、俺はたまに病弱なスポーツマンキャラになっていた。弓道部で大会にも出ているからかもしれない。今のところは試合には被っていないが、それも時間の問題だろう。その時は隠して出るか、素直に休むべきか考えどころだ。



 今日も、この時間を乗り切れば何とかなる。そう思うのだけど、考えと体が直結してくれない。一度座ってしまったら動けなくて、俺は膝に顔をうずめた。

 痛くてたまらない。あまりの痛みに、口からうめき声が勝手に出る。声に出せば、少しは痛みがまぎれる気がした。


「ぐ……うう……」


「おーい、大丈夫?」


「っ!?」


 誰もいないから、遠慮なく声を出していたのに、突然扉の向こうから話しかけられて驚いた。そして声に顔をしかめる。

 なんでここに。ついてくるなと忠告しておいたのに。


「……だい、じょうぶだっ。……ほうっておいてくれっ……」


 今は痛みのピークだ。上手く声も出せない。それでも何とか伝える。


「大丈夫って声じゃないよな。そんなに具合悪いの?」


 頑張って伝えたのにも関わらず、どこかへ行く気配がない。なんなんだ。お節介がすぎる。


「……やすめば、おちつく……」


「保健室で横になった方がいいんじゃない? 俺が連れて行ってあげようか?」


「……いい」


 気を遣ってくるけど、何故か素直に厚意が受け入れられなかった。なにか裏があるんじゃないか。そう疑ってしまう。

 だから提案も断った。


「そう言われてもなあ。俺が戻った後、倒れたりしない? そうなったら目覚めが悪いんだけど」


「……たおれるか」


「それにしては辛そうな声に聞こえるけど」


 しつこい、しつこすぎる。

 あまりにしつこくて、痛みのイライラも上乗せされ、俺は思わず叫ぶ。


「だいじょうぶだっ!!」


 早くここからいなくなってほしかった。バレる確率が低くても、絶対は無い。ちょっとしたきっかけで、疑問に思われたら終わりだ。

 叫ぶのはやりすぎかと後悔したけど、もう言ってしまったのだから取り消せない。


「……あっそ、せっかく助けようと思ったけど。そんなに言うなら、お望み通り戻りますよ。倒れても、俺の責任じゃないから」


 ようやく離れてくれた。温度のない声は怒っていたのかもしれないが、別に嫌われたって構わない。元々、絡んでくるのにはうんざりしていた。

 遠ざかっていく足音に、ほっと胸を撫で下ろす。良かった。あれ以上いられたら、本当にバレていたかもしれない。変なところで勘が鋭そうだから、内心では少し怖かった。


 気を張っていたせいか、力が抜けた途端、また血が流れる感覚がした。嫌な感覚だ。これは、そろそろ取り替えた方がいいか。

 俺はため息を吐くと、内ポケットの中に入れているナプキンを取り出した。ポケットやポーチに入れないのは、もし落とした時に言い訳が出来ないからだ。バレるか変態扱いか、どちらも最悪である。


「……ほけんしつ、いこう」


 千堂がいる教室には、もう戻る気になれなかった。顔を合わせるのが気まずい。

 逃げる形になっても仕方ない。午後の授業は、そこまで重要なものでもなかったはずだ。あとで、友達にノートを見せてもらえば何とかなる。

 俺は重い体に鞭打って、ゆっくりと保健室へと向かった。



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