[17] 理由
地面を蹴り飛ばす。加速する。静止した世界で自分だけが動いている。
意志のもとにすべての神経が統一される。細胞が一個の運動のために奉仕する。
そうか、こうやって使えばよかったのか。
私たちは時に物事について考えすぎる。時代が進むにつれて物のとらえ方が複雑化していった。
1本まっすぐ線が通った感覚。もっとシンプルでよかったんだ。
割って入る。目前に迫った黒い巨岩を聖剣でもって弾き返した。
残滓の獣は姿勢を崩した。勝機。このままやってしまえ。
右上から左下へ。ゆるやかに、自然な軌道に従って、斬り下ろす。
柔らかい感触。骨ごと肉を切り裂いていく。すっとそのまま最後まで。
刃は獣の肉体を通り過ぎていった。分かたれた2つがずれる。滑り落ちる。
決着。残滓は黒い粒となって空気中へと飛び散っていった。
大きく息を吸って吐いた。
おつかれさま。頭の中でそう呟きながら聖剣を地面に刺した。
振り返れば慧が地面に座り込んでいる。女の子座り。多分彼女は何が起きたか正確には理解していないだろう。それでいい。伝える気もない。
両手をつかんで引っ張り上げた。
「わかった、わかったんだよ」
慧の手を取ったままその場で2人でぐるぐると回りだす。
私は笑っていた。笑いが止まらなかった。
手の中の感触。それが今そこにある。失われていない。ずっとつづいている。
何も言わずに慧はそんな私に付き合ってくれていた。
ひとりしき笑って、笑い疲れて、地面にぶっ倒れる。
そんな私を見下ろしながら慧は
「いやもう日も落ちたし今日は帰ろ?」
とやけに常識的なことを言った。
☆ ☆ ☆
翌日、私は1人で道場を訪ねた。
前と同じ。板の間に正座で私とシャーロットちゃんは正面から向かい合う。
金色の髪が差し込む光をきらきらと反射する。青い瞳はやさしく私を見つめていた。
「聖剣を振るう理由は見つかったか」
「はい」
「それは何だ」
まっすぐな問いかけ。
目を閉じる。
昨日戦いの中で得てそれをベッドで寝ながら整理した。その答えを静かに心の内側で唱えてみる。
目を開きそして口を開いた。
「言いたくないです」
なんか一晩たって冷静になったらそうなった。シャーロットちゃんは明らかに戸惑っている。
「えっとそれはどうして」
「恥ずかしいから」
「……自分の中できっちり言語化できているなら十分だ」
よかった、納得してくれた。
いやまあ厳しく問い詰められるなんてことは思ってなかったけど。
「こんにちは」
聞きなれた声が響く。道場の入り口にはいつものジャージの長谷川先生が立っていた。
体育担当というわけではないのにやけにその姿が見慣れている。部活の時も庭いじりしてる時もその格好だからだろう。むしろ教室でスーツ着てるの見ると逆に今日は珍しくびしっと決めてるなと思うぐらいだ。
「お久しぶりです、長谷川先生」
シャーロットちゃんが立ち上がって頭を下げる。
「こちらこそ久しぶり。嶺崎さんたちがお世話になってる道場って桜庭さんの家だったのね」
「はい。まだまだ修行中の身ではありますが稽古をつけさせていただいております」
「そんなに謙遜しなくてもいいでしょ。今後ともよろしくね」
先生は多分、私たちが世話になってるということで挨拶に来たんだろう。
それにしても――
「2人って知り合いだったんですか」
疑問に思ったことをそのまま聞いてみた。
「そうよ。だって桜庭さんうちの卒業生だし」
「2年と3年の時の担任が長谷川先生だった」
……卒業生?
おそるおそる私は尋ねた。
「つかぬことをお伺いいたしますが、シャーロットさんは現在おいくつでしょうか」
「先日、20になったばかりだが、それがどうかしたか」
「いえ、なんでもありません。ありがとうございます」
まさかの年上だった。
なんか失礼なこと言ってたかな。心の中ではわりと言ってたけどそれは表に出してなかったはずだ。セーフなんじゃないか、多分おそらく。うん、そうだといい。
「運動できる格好をしていらっしゃるということは今日は先生も稽古を受けていかれるのですか」
「違う違う。裏庭の花壇いじるののついでによったからこの格好なだけだよ」
「遠慮なさらなくても大丈夫ですよ」
そんな2人のやりとりを聞き流しつつ私は思う。
人間だれしも間違えることはある。大事なのはその間違いをいかに修正していくか、だ。とらわれてしまって傷口を余計に広げる、それが一番よくない。
不自然でない程度に言葉遣いを変えてくことにしよう。シャーロットちゃん改めシャーロットさんはそういうのあんまり気にしないはずだ。というかもともとそれなりに敬意はらってたことだし。
私は1歩を踏み出した。私にとっては大きな1歩だ。
けれどもそれですべての物事が一気に解決するわけではない。
先は長い――人生はつづく。
なんとなく聖剣抜いた 緑窓六角祭 @checkup
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