[15] 物語
7月、午後6時をすぎてもまだ明るい。影は長く伸びる。すでに公園に子供の姿はない。
ブランコが2つ揺れる。タイミングをわずかにずらして。
聖剣は言った。
我は道具だ。人の言葉を解し、人と意思疎通を図ったところで、人ではない。その決定には介入しない。
長谷川先生は言った。
私は人間には限界があると思う。あまりに大きな責任を背負い込めるようにはできていない。
学園長は言った。
なんにしろあなたは選択をしたのよ。それをずっと他人に押しつけていては、同じところをぐるぐる回っているばかりよ。
みんなずっと同じことを言っていた。
ただそれを切り取る角度がちょっとずつ違っていただけだ。
道徳の話はしていない。
人間のパフォーマンスは心理によって大きく影響を受ける。
パフォーマンスの発音がよかったことは変に印象に残っている。その時の唇の動きも。
最終的に引き出されるものだけに注目するなら心理を気にする必要はない。
その差は努力によって埋められるものだ。
けれどもそれにはどうしても時間がかかる。
対して心理の変化は時に一瞬で終わってしまう。
聖剣を振るう理由を見つけること。
繰り返すがそれは方法のひとつにすぎない。
強制はしない。ただ選択肢として検討して欲しい。
「要するに料理を作る時に丁寧に作ることを意識するより愛情を込めた方が人間的には簡単だって話なんだよね」
勢いよくブランコを漕ぎながら慧は言う。
私が確かに意識して聖剣を引き抜いた。何の覚悟もなしに。
私は状況に巻き込まれて流されてきただけだった。
その考えを今も捨て去ることはできていない。
物語の始まり方はおおざっぱに分けて2つあるという。
主人公が自らの意志で変化に飛び込んでいくか。
その意志とは無関係に変化へと投げ込まれていくか。
どちらにしろ最終的に彼は自ら動き出すことを選ぶ。
対して私はいまだ動けないでいる。
なぜだろうか。
多分私が主人公ではないからだ。
今の状況が居心地がいいと思ってしまっている。
そして誰もそれを責めてはくれない。
継母のおかげで白雪姫は城の外へと踏み出すことができたのに。
私は私の心を守るのに終始する。
この葛藤すら防衛機構の一部にすぎないだろう。
思い悩んでいるという態度。
それだけで何かをした気になっている。
むかしむかしあるところに小さな女の子がいました。
女の子にはただひとつ欠けているものがありました。
彼女には進むべき方向がなかったのです。
誰も彼もが生まれながらに進むべき方向を持っていました。
ある子は太陽に向かってまっすぐ進むことを運命づけられていました。
またある子は北に伸びた道にそって歩くことが決められていました。
けれどもその女の子だけはどこへ行けばいいのかまったくわからなかったのです。
風が吹いてきました。
女の子はそれに押し出されるまま歩き出すことにしました。
その方向が正しいのかどうか女の子にはわかりませんでした。
流されるままに動いていけばその通り道に犬が1匹眠っていました。
女の子が近づくと犬はその右目をぱちりと開きました。
どこに行くつもりなんだいと犬は言いました。
わかりません、風に聞いてくださいと女の子は言いました。
気どってる答えだねと犬は言いました。
女の子はさらに風に流されていきました。
今度はその通り道に熊が1匹眠っていました。
女の子が近づくと熊はその左目をぱちりと開きました。
どこに行きたいのかなと熊は言いました。
わかりません、風に聞いてくださいと女の子は言いました。
難しい答えだねと熊は言いました。
さらにさらに女の子は風に流されていきました。
今度はその通り道に竜が1匹眠っていました。
女の子が近づくと竜はその両目をぱちりと開きました。
どこに行くべきなのかと竜は言いました。
わかりません、風に聞いてくださいと女の子は言いました。
くだらない答えだと竜は言いました。
誰一人として女の子を助けてくれるものはありませんでした。
きっと女の子は今でも風に流されていることでしょう。おしまい。
別段この物語には何か明確なメッセージがあるわけではない。
何かのメッセージを読み取る人があったとすれば、その当人の中にあったそれを読み取っただけだ。
私には何も読み取ることはできなかった。
「慧、私から離れないで!」
ブランコから飛び降りる。
柵にたてかけていた聖剣を手に取った。
『気をつけろ』
聖剣がささやきかける。
わかってる。こいつは今までのやつとはちょっと違うみたいだ。
肌で感じる。びりびりと表面に伝ってくる。
ぐわりと空間がゆがんだ。真っ黒なゴリラが1体、私を見下ろしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます