[10] 部活

 息が苦しい。手足が重い。それでも前に進まなくてはいけない。

 視界が揺れる。心臓が痛い。どうしてこんなことになったのか?


 学園長による突飛な提案。聖剣部を作りましょう。

 なぜわざわざ部活にする必要が?

 理由は簡単。聞けば納得。学校の施設とか予算とかを利用するのにそっちの方が都合がいいから。

 その場で長谷川先生が顧問に決定、ついでに慧も自ら立候補して参加してくれることになった。ほんとにびっくりするほどいいやつだ。


 翌日から早速活動開始でそれで何から始めれば? ということになったのだけれど、聖剣に聞いたところスタミナが欲しいとのことで安易にランニングすることになった。

 めんどい。

 グラウンド10周、聖剣はベンチに立てかけてある。横でジャージ着ていっしょに走ってる慧に尋ねる。

「今って9周目ぐらいだっけ?」

「3周目だよ。その質問自体は9回目になるけどね」

 なんできちんと数えてるんだ、もっと適当に数えろ。


 中高一貫帰宅部で帰宅しかしてこなかった。運動と言えば体育の時間ぐらいで、休日にわざわざ体を動かすなんてもっての他。

 特別に不摂生なわけではないつもりだけど、体が全然言うことを聞いてくれない。もっと若いころは、飛んだり跳ねたりできた気がするのに。

 隣で涼し気に走ってる慧を睨みつける。こいつも同じ帰宅部だろうになんでこうも差があるのか。才能の違いなんだろうか、ずるい。


 死ぬ思いをして10周走り切った、と言いたいところだが、実際は7周でリタイアした。

 そのあたりでさすがにみんな諦めた。あくまで訓練が目的であって私をしごいて痛めつけたいわけではないのだ。今後とも緩い感じで育ててもらえるとありがたい。

 地べたに座って息を整える。先生がスポーツドリンクを持ってきてくれた。


 ゆっくりと喉を潤す。冷たい液体が内側から体に沁みとおる。

 先生も私たちを監督するにあたって、同じジャージを着てるんだけど胸部が目立ってる。さすが大人といったところ。すごいな、憧れちゃう。

 心と体がいっしょに癒されていく。我ながらバカなことを考えてるなとは思う。思考が退化してる。うん、これも全部疲れてるせいだ。そうに違いない。


「次何すんの?」休憩中の私の横に立って慧が話しかけてくる。

 次なんてないよ、今日の部活動はこれで終わり。解散だよ。

「いつ残滓の襲撃があるしわからないから、あんまり根を詰めすぎるのもよくないんじゃないかしら?」

 そうだよ、先生の言うとおりだよ。疲労困憊の状態だとろくに聖剣も振れないよ。本末転倒だよ。

「今日明日の発生はないのは確実だ。できる時にやった方がいい」

 クソが、このおしゃべり野郎。なんだそのよくわからない断言は。正確な予測はやめろ。


『一応言っておくが全部、我には聞こえてるんだが』

 聞かせるつもりで言ってるから。少しぐらい私の愚痴に付き合って。

『そんなもので精神状況が改善されるなら付き合ってやろう』


 ようやく立ち上がる。走るのはもういやだ。するにしても別のことしたい。

「聖剣持って体が強化された状態にも慣れといた方がいいんでしょ、そっちなら少しは楽なんじゃない?」

「いいね、ナイスアイディアだよ。それで行こう」ほんとにすばらしいよ、我が親友! 私は楽がしたいんだ。

「聖剣を使った訓練ね。残念だけど聖剣の攻撃に耐えられるようなものなんて学校にはないと思うけど」先生の意見。確かにそうだ、あのバカ威力だと何殴ってもぶっ壊れそう。

「回避の練習が必要だ。それならなんとかなるだろう」聖剣のアドバイス。たまには君もまともなこと言うんだなあ。


 聖剣によれば、私の勝ち筋は大きく分けて2つあるとのこと。

 1つは先に攻撃してそのまま斬り捨てるやり方。もう1つは一旦敵の攻撃を回避してそれから斬り捨てるやり方。受け止めるのは聖剣の性質的に難しいし、一朝一夕で身につくものでもないらしい。

 単純な方が助かる。私はただの女子高生なのだ。複雑な駆け引きを求められても困る。


 で回避の練習って具体的には何をしよう、3人と剣1本で頭をひねったところ、あのボクシングの練習でやるボール避けるやつのことを思い出した。

 私が言い出して慧にはすぐ伝わったんだけど、先生はよく知らないみたいだ。まあ私たちもあれがなんなのか詳しく知らなかったけど、とにかくあれをやってみようということになった。

 でもあのボールってなんなんだろう、硬いやつじゃないのはわかるが、正体不明、結局その場でみんなスマホだして調べた、答えはどうやらピンポン球。


 1個2個じゃ足りなくて大量にいる。卓球部ならあるにはあるが、そんなにたくさん持ち出すわけにはいかない。石で代用という案も出たが危ないので却下。

 しょうがないから次までに先生が調達してくるってことで話がまとまって、かわりに素振りをする。

 問題はその場の誰も正しいフォームを知らないということだったけれど、聖剣の正しい振り方なんて世界中の誰も知らんだろうから、気にせず私は私のやりやすいやり方を探すことにした。


 そんなこんなでめっちゃ手探り進行の末、結構な疲労感とそこそこの達成感を得て、聖剣部初日の活動は終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る