[9] 相談

 いきなり泣き出した学園長に長谷川先生はおろおろするばかりで、隣の慧はと言えば真面目な顔をしているが多分笑いこらえてるだけだ。

 ちょっと聖剣この状況なんとかしてよ。

『我にそんなこと言われても困るんだが』

 明らかにあんたがしゃべったせいでしょうが。それとも私がなんかまずいことでも言ったのか。


 学園長は白いハンカチを取り出すとそっと涙をぬぐう。それからお茶を一口飲んで落ち着いたのか、私たちに笑って見せた。

「年をとると涙もろくなっていけないわね」

 いやいやそういう話なんだろうか?

「うちの土地にずっと刺さってたわけじゃない。実はね、私も昔、抜こうとしたことがあるのよ。正義の味方だとかそんなようなものになりたかったのね」


 つまりはこの聖剣に並々ならぬ思い入れがあるということらしい。その目は真剣で透き通っていて私はなんだか罪悪感みたいなものを覚えた。

 だって聖剣を抜くにあたって私には何の思入れもなかった。というか今だってそんなもの持ち合わせていない。そんな私が聖剣の使い手でこれからそれを振るう予定になっている。


 私は聖剣に問いかけた。

「ねえ、なんで私だったの? もっとふさわしい人いたでしょ」

「まず時期だな。いつだってよかったわけじゃない、今危機が迫っている。やる気に関しては抜こうとする以上、皆あると思ってた」

「その点については申し訳ない」

「……それからお前とはなんとなく波長があった」

「なにそれ」

「かつての我の使い手にお前は似ている」

「そんなことないと思うけどなあ」

 以前に垣間見た記憶、その中にいた人と私を比べてみる。私はあそこまでいい加減でおおざっぱで行き当たりばったりではない、と思う。


「なんにしろあなたは選択をしたのよ。それをずっと他人に押しつけていては、同じところをぐるぐる回っているばかりよ」

 あくまで優しい口調で学園長は言った。

 その通りかもしれない。今すぐにそれを十分に理解して実践するのは難しいけれどそのうちいつか消化して自分のものにできるような気がする。

 えらい人に言われたからとかでなく、自然に納得できたので私はその言葉に頷いていた。


「もともとこのあたり一帯は邪悪な竜が巣くっていたのよ」学園長はつづけた。

「その話なら聖剣から聞きました」

「あらそう、なら端折るわね」話が分かる人だ。

「いやいや話したけど聞いてはいないだろ」聖剣が細かいことを言う。

「ポイントはおさえてあるからいいでしょうが」

「そうね、昔話なんて昔話なんだから聞きたい時に聞いとけばいいものよ」そうそうその通り、なんか気分が乗ったときに多分聞くから。


「残滓ってどのぐらいの頻度で出るの?」

 慧が口を開く。こいつはこいつなりに遠慮してたんだろう、ずっと黙ってたが、よさそうな雰囲気だと判断して話に入ってきた。

「週1ぐらいと予測している」聖剣が答える。

 うーん、まあそれぐらいならこっちとしても許容範囲かな。

「それっていつまでつづく予定?」

「残滓の現れ方次第だな。強いやつが出ればすぐ終わる。弱いやつがつづけばなかなか終わらない」

 早めに終わって欲しいけど強いやつとは戦いたくないから、程よい感じのがそこそこのペースで現れてくれるのが理想的だ。


「あのー、学園長」

「なんでしょうか、長谷川先生」

「残滓討伐を課外活動して認めてあげられませんかね? 具体的には嶺崎さんの進路について有利になるように内申点つけてあげると言いますか……」

 先生、ナイス提案。

 自分では言い出しづらかったけどなんかごほうびが欲しい。私は高尚な精神の持ち主というわけではないので、無償の奉仕なんて求められても長続きしないのだ。

「……前向きに検討しましょう。進学にしろ就職にしろ相手があることだから確約はできないけど、うちとしては最大限の評価をします」

「ありがとうございます!」

 私と先生の声が重なる。

 やったぜ、おかげで少しはやる気出てきた。


「とにかく学園としてはあなたの聖剣の使い手としての行動をできる限り支援します」

 めっちゃ心強い味方ができた。いつ残滓が出現するわかんないから学園がそのあたり便宜はかってくれるというのはすっごく助かるはずだ。

 態勢は整った。残滓とかいうやつ、どっからでもかかってこいや!

 そんな『わりとそれなりにまあまあやる気状態』の私に水を差してきたのは慧だった。

「あんた、少しは体とか鍛えた方がいいんじゃないの」

「え、なんで私が体を鍛える必要が?」はっきり言おう、面倒くさい。

「実際に動くのはあんたでしょ。聖剣さん、そのあたりどうなの?」

「我の力で身体能力は向上させられるが大本を鍛えた方がいい。それから強化状態での身体の動かし方についても覚える必要があるな」

 えー、まじでー。


「そういうことなら――」

 学園長が両手を合わせてぱんっと鋭い音を鳴らした。顔には満面の笑みを浮かべている。なんだろう、嫌な予感がしてきた。

 今日話しただけだけど学園長はいい人だと思う。でもこういう人は自分が努力をいとわないからと言って他人にもそれを期待しすぎることがある。私はそんなたいそうな人間ではないのに。

 晴れやかな笑顔のまま彼女はつづけた。

「――聖剣部を作りましょう!」

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