[8] 学園長

 その後も休み時間のたびに他のクラスからちらちら聖剣を見にやってきてたが、放課後になる頃にはそれも落ち着いてた。もとより私なんて目立つ方じゃないしそんなもんだ。


 さてそろそろ帰ろうかと思っていたところ長谷川先生がやってきた。

「学園長があなたと話がしたいっていうんだけど時間あるかしら?」

 学園長が? 何の用だろう? わかんなかったけどその場で了承の返事をする。これからのことを考えたらえらい人に話を通しておくのは何かと都合がいいはずだ。


 その会話に慧が割って入ってきた。

「せんせー、私もついってってもいいですか?」

「こっちとしては構わないから、あとは嶺崎さん次第ね。どう?」

「別に構いませんが」私は戸惑いながらもまあいいかと許可をだした。

「やったー、ありがと。そういうことでよろしくねー」


 長谷川先生を先頭に学園長室まで歩く。その途中、慧に小声で尋ねた。

「なんであんたがついてきてんの?」

「だってなんかおもしろそうだったから?」

「そんなことはないと思うけど……」


 とはいうものの実のところ助かったと私は思っていた。何の予告もなしに学園長室に呼ばれたことにちょっと緊張してたからだ。

 そこのところの心情の機微を慧が察してたかどうかは知らない。案外気遣いできるやつだしちゃんと考えがあってのことだったのかもしれない。

 もちろんそうじゃない可能性も結構あるが。


「失礼します」

 先生は一言断ってから扉を開ける。

 学園長室には今まで入ったことなかった。部屋自体は学校の他の部屋と変わんないけど、床にはじゅうたんが敷いてあって内装はしっかりしてる。

「こんにちは、学園長の藤野です」

 窓の外を眺めていた小柄な人影はこちらを振り返ると、静かに深く礼をした。


 学園長はなんというかエネルギッシュなおばあさんだった。

 頭は綺麗な白髪で相当にお年を召しているのはわかるのだが、どういうわけだか周囲に強くぎらぎらとオーラを発している。

 整った顔立ちで穏やかな笑みを浮かべており、若いころはめっちゃもてたんじゃないかなと思う。いや今でも十分人を惹きつける何かがある。

 カクシャクという言葉がよく似合う。はっきり意味わかってないけどね。


 低いテーブルをはさんでソファーに腰を下ろす。

 私の隣に慧、正面に学園長、学園長の隣に長谷川先生の配置。聖剣はずっと背負ってるのも邪魔なんで、テーブルの上に置かせてもらった。

 えらい人と対面して気が張るかなと思ってたもののそこまでではなかった。ほどよく空気が張りつめてる感じ。むしろ一番がちがちになってたのは先生でそのおかげでこっちはそんなに緊張しなかった。


 学園長は私に向かってほほ笑むと「まずはおめでとうね」と言った。

 何のことかわからず戸惑って考えたところ、ああそうか聖剣のことかと思い出したので、「ありがとうございます」と返しておいた。

 朝にも慧とこんなやりとりをした覚えがあるが、どうやらそれであってたらしい。

 私はいいことをしてるんだ。悪いことしてたつもりはなかったけど、どうにも流されてたところあったから、少し自信がわいた。


 それから学園長は聖剣へと視線をおろした。何も言わずにじっとそれを眺めている、他の3人がちょっと気まずくなってくるぐらいにじっと。

 ゆっくりと時間が流れる。かちかちと時計の音がクリアに聞こえる。窓から差し込む夕日の色の変化が目でみてはっきり感じ取れる、ような気がしてくる。

「お願いがあるんだけど……」

「なんでしょうか」居心地の悪さに耐えかねて思わず食い気味で私は返事した。

「聖剣の声を聞かせてくださいな」


 お安い御用だ。頭の中で念じる。聖剣聖剣、今日1日学校では黙ってろって言ったけど喋っていいよ。音声機能もオンでよろしく。

「話せ話すなと随分と勝手ないいやつだな」

「そういうこと言わないでよ、こっちはこっちの生活があるんだから多少はね」

「わかっている。使命を十全に果たしてくれるなら何の問題もない」

 あいかわらず若干めんどくさい剣だ。


 さてお望み通りに聖剣が口をきいたわけだけれど、これでどうだと顔をあげたら――学園長は目を開いて無言で涙を流していた。

 え、いったいぜんたいどういうことなの? なんで何がどうしてそうなった?

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