[7] 日常

「いやほんとごめん、昨日はまじですまんかった!」

 私が教室に入って席に着くなり、その女は机に手をついて謝ってきた。


 園田慧。前の席に座っている私の友人で昨日待ち合わせに来なかった女。

 明るい茶のショートカット(本人によれば地毛)に勝気な瞳。人当たりがよく基本的にはいいやつだと思うがたまに約束に大幅に遅れることあり。

 いやだいたいにおいていいやつでもその欠点1つで他すべて台無しにするぐらい致命的では? という説もあって、私もそれに傾きつつあったりする。


「今度なんかおごるんで許してください」

 私は大仰にため息をついて一言。「許す」

「ありがとうございます」

 これは私が甘いとかそういうわけではなくて、なんかもう今さらだという感じであって、そんな諦めが混じってくるぐらいには私と彼女の付き合いは長い。


「ところなんだけどそれ何?」

 話が一瞬で切り替わって、慧の視線は私の後ろの壁に立てかけてある聖剣に向いている。

 まあそれはそうなると思う。私が大剣背負ってきた時点でまずそれに驚いてたし、驚いてたけど一旦それ飲み込んで謝罪優先してたもんね。

 友人がいきなりでかい武器背負って学校にきたら気になって仕方ないのは当然だ。だれだってそうだ、私だってそうだ。

 登校途中の周りの視線もめっちゃ痛かった。


「学校の前に聖剣刺さってたでしょ、あれ」簡潔に答えてやる。

「ああ、あれね。そう言えば今朝なんかあのあたりで人だかりできてたっけ」多分だけどなくなったことに気づいた生徒が騒いでたんだろう。

「あれを私が抜きました」

「へー、すごいじゃん」なんだそのうっすいリアクションは。もっと驚け。いや私もたしていかわらん反応だったかもしれんけど。

「うん、まあ、すごいといえばすごい、のかなあ?」多分すごいに分類されるんだろうけど、正直いまだによくわかってない部分もあったり。


 昨日の出来事をざっくり慧に説明した。特に秘密にすることもなかったので包み隠さず。

 聖剣に選ばれたことは絶対に明かしてはならない、なんて言われてないし、昨日の時点で先生にもお母さんにも話した。大っぴらにふれまわる予定はないが、親しい人間には知ってもらってた方が都合がいい。

 そもそもあんまり知られて困るようなことだったら、バカでっかい剣を常時持ち歩けなんて言わないでくれ。現代社会においてそれで目立つなというのは無理がある話だ。


 聞き終えて慧。「ものすごく濃い1日だったんだね、そんなおもしろいことあったんなら私も呼んでくれたらよかったのに」

「いや何回もメッセージ送ったわけですが、そもそもあんたが来てたらまず剣抜こうなんて思わなかったわけですが」思わず手がでなかった私えらい。

「そうでした、その節は本当に申し訳ございませんでした。それにしても人生って不思議なことがあるもんなんだねー」

 なんとも適当な感想でお茶を濁される。確かに自分の身にこんなことが起きるなんて一昨日どころか、昨日の朝までまったく考えてなかった。


「念じたらどこからでも現れるみたいな便利機能はないの?」

「ないない。ぺらぺらよく喋るのと、残滓を斬り捨てるのと、できるのはその2つだけ。めっちゃ機能を絞ったシンプルな構成の聖剣なんだって」

「もともと校内にあったものだけどさ、だからってそんなの持ち込んでもおっけーなん? 校則的に」

「今朝、先生から電話あってそのあたりは無事に許可出たらしいよ。いやまあ私だってこんなの持ち歩きたくなんてないけどね」

「一応これっておめでとうって言った方がいいのかな」

「どうなんだろ。私自身いまいちはっきりしないからどっちでもいいよ。おめでとうって言ってくれるならありがたく受け取るけど」

「そういうことならおめでとうございます」


 そんな風に慧といつも通りのくだらない話をしてたらホームルームの時間になって先生がやってきた。そうして私は教壇に立たされて聖剣の持ち主になったとみんなに紹介された。

 私もクラスメイトもどうすればいいかわからず微妙な反応、つづいてまばらな拍手。都合のいいことに私はもともと窓際一番奥の席だったので教室の後方にそのまま大剣を置いておくことになった。


 誰かが聖剣なんてものを手に入れたとしても大多数の他の人にはあんまり関係ないことで、たいして変化なく日常はつづいていく、そういうものなのかもしれなかった。

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